余談(2)

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ココログ「科学館員の独り言」に載せた[番外編]我が家のコウモリ”フン”戦記をダイジェストで紹介する。まったく個人的な話しだが、コウモリの生態については分からないことも多く、とくに家の屋根裏に住み着いたケースの詳細な観察記録は見当たらない。面白いかどうかは皆さんで判断してください。


序章


2008年の暮れにかけて、築25年が目前の我が家のリフォーム工事をする羽目になった。そのきっかけは、梅雨明けの頃、10分間雨量で10数mmという豪雨があって、我が家でも雨漏りの被害が出たこと。それが屋根の雨漏り修理に止まらず、いつのまにか屋根を軽くして耐震性を改善したい、内外装の劣化を回復することでの耐震性の確保へと話が広がって、大工事になってしまった。


実は、以前から屋根や壁に手を付けるなら、やりたいことが別にもあった。それは、我が家のコウモリ対策だった。リフォーム工事をやったお蔭で、屋根や壁を壊さないと分からない、イエコウモリの生態の一端を知る機会となった。折角の経験なので、その顛末をご紹介したい。


我が家は千葉県市川市の北東部にあり、都心から約30分という便利な立地ながら、周辺には市街化調整区域が広がって、近くの調整池では、マガモや、カルガモ、カワウ、コサギアオサギ、バン、オオバンカイツブリなどを見ることができる。冬には、ユリカモメや、コガモオナガガモヨシガモなども加わって賑やかになる。季節によってはカワセミも顔を見せ、望遠カメラが並ぶ風景もしばしば見られる。夏はツバメが飛来する。


ツバメは、夕方、ねぐらとなる葦原に集まる習性があり、ねぐらに入る前には、集団で空を乱舞する。日が暮れ始めて、あたりが暗くなるころ、次々と葦原に下りて、ねぐらに入る。その頃、代わって空を飛び始めるものがいる。最初はツバメにしては飛び方が変だし、何だろうと思っていたが、それがコウモリだと知った。この辺ではユスリカをたくさん見る。11月でも、暖かい日が続くと蚊柱が立つ。ツバメやコウモリの餌になるユスリカがとくに多いのかもしれない。また、この辺は瓦屋根でモルタル塗り壁の従来工法の家屋が多く、コウモリが棲む場所を得やすい可能性もある。コウモリは以前からいたのかもしれないが、我が家で夜中に壁や天井裏で物音がするようになったのは、この頃からだった。


我が家の屋根も、寄せ棟造りの瓦屋根で、洋風のS字瓦が載っていた。S字瓦の一部は内径が10cmほどの半円形の空洞になっている。瓦の軒側の端部は「面戸」というプラスチック板でふさがれているが、施工が悪かったり、瓦がずれていたりすると、瓦の空洞の中に入り込むことができるので、我が家の軒先はスズメには格好の巣場所となっていた。さらに、これもいつからか、止めてある車の屋根や、軒下の特定の部分に小さな黒いフンが目に付くようになった。ネズミのフンよりは小さく、鳥のフンとも違う。実はそれがコウモリのフンだった。夕方、意識して空を見上げると、相当な数のコウモリが飛び交っていて、我が家でも何度か、開いた窓から侵入されたことがある。そこで、我が家の例の安眠妨害も、フン害も、コウモリが原因かもしれないと思ってネットで調べると、「コウモリは、1.5cmの隙間があれば入る。」とあるが、S字瓦の下ならばともかく、屋根裏に入れそうな隙間は見当たらなかった。


雨漏りの後、漏洩場所を特定するために屋根裏を点検したついでに、屋根裏にコウモリがいる形跡がないか調べてみた。天井裏の断熱材の上を点検すると、たった1ヶ所だけ、数個のフンが見付かった。念のため、何ヶ所か断熱材の下をのぞいてみたが、形跡はない。このことから、少なくともコウモリが屋根裏に侵入したことはあるが、棲息はしていないと判断できた。ただ、屋根裏は低く、外壁と内壁の間の部分までは点検できない。以前から、夜中にガサガサと物音がするのは、外壁に面した押入れの壁と、天袋の天井、隣接する京壁の上部で、いずれも壁の中と思われた。室内側から壁をドンドンと叩いても、ネズミと違って、すぐに静かにならないのが不思議だった。しばらくガサガサという音が続き、そのうちに静かになる。最初に疑ったのは、軒先の鳥の巣です。鳥が音を立てているのかもしれないと思ったが、夜中の2時、3時ではやや不自然だ。


10月になってリフォーム工事の内容が固まり、着工は10月末と決まった。コウモリ対策も特記事項として工事内容に記載されていた。しかし、水周りの内部工事から始まるので、屋根工事は11月中旬から。そこで気になったのは、コウモリの冬眠期間だった。ネットでは、11月中旬から3月中下旬までは冬眠するという話なので、屋根工事が完了すると屋根裏には決して入れなくなる。コウモリをすべて追い出してからでないと、逆に閉じ込めてしまうことになる。工事が始まっても、冬眠中であれば、出て行かないかもしれない、いや、危険を感じたら、冬眠中でも逃げるだろう、とか、議論をしたが、結論は出なかった。そこで、先ずは、我が家にコウモリが棲みついているとすれば、何匹いて、出入口はどこなのかを探ることした。


コウモリを探索


出入口の見当は付いていた。例のフンがよく見付かるのが、北側の屋根の両端部でケラバと呼ばれる部分の真下だった。ケラバは屋根の端部にあって、他の瓦とは違って下向きに折れている。下の写真の下屋根の端部がケラバで、ケラバでは瓦の一部が重なって、瓦1枚ごとに、瓦の厚さ(約2cm)×瓦が重ならない部分の長さ(約20cm)の三角形の隙間が下方に開いている。

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ケラバは北側に2ヶ所あって、東側の真下の地面と、西側の真下に当たる1階の屋根の上にフンがあった。さらに、この北側の出っ張りは、物音がした1間半の押入れ+物入れと天袋の部分に一致する。結局、日没後、屋根が見通せる道路に出て、カウンターを片手に目視で数えることにした。


観察の1例をあげると、北東部のケラバでは、10月9日には17:30以降、暗くなるまでに14匹をカウントし、うち数匹はケラバではない屋根の軒先から飛び立っていた。10月11日には同様に20匹をカウントし、うち2匹はケラバに続く大屋根の軒先から、1匹は手前の大屋根の軒先から飛び立った。ケラバは3枚の瓦で構成されていて、それぞれの隙間から、5分ほどの短時間に10数匹が次々と飛び出して行った。暗くなりかけた空を見上げていると、隣の家の屋根からも出て行くのが見え、近隣の家にもコウモリが棲息していることが分かる。ケラバには、瓦の重なりに応じた隙間があるので、コウモリが出入しても意外ではないが、大屋根の軒先からも飛び立ったのは想定外だった。


屋根工事が始まった


内装工事がやや遅れ、予定より遅れて屋根工事が始まったのは11月中旬で、まだ、暖かい日の夕方には、コウモリの飛ぶ姿が見られた。しかし、1階の屋根から始まって、2階の大屋根の工事が始まる頃には、急に寒くなってコウモリも飛ばなくなっていたようだ。大屋根の瓦の撤去中に、瓦の下の土の中からコウモリが1匹飛び出したとのことで、結局、瓦の下にいたのはこの1匹だけだったが、北側の屋根の出っ張り部分では、瓦の下から大量のフンが出てきた。ちょうど、コウモリが出て行くのを観察した北東側のケラバだった。しかも、ケラバの空洞に止まらず、桟木に沿って横に広がっていた。


横に広がるのは不可解だったが、よく見ると、S字瓦は野地板に張った防水ルーフィングに接しているわけではなく、桟木の高さだけ浮いていることが分かった。桟木の高さは1.5cmあるので、それだけの隙間があれば、コウモリが入り込めるのは納得できる。フンの量は入口から遠いほど減っていて、水が浸入する場所ではないので、フンは不潔感もなく、そのままの形状を止めていた。どれくらいの期間の蓄積なのかは分らないが、量としては建築廃材用のゴミ袋に2、3袋もあった。


この段階では、屋根裏への侵入口は見付からず、屋根裏への侵入は無理ではないかと考えていたが、念のために野地板の一部を剥してみると、そこにも大量のフンが見付かった。


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よく見ると、我が家では軒先の破風板が傾斜しているため、ケラバでもその延長で破風板が傾斜していて、ケラバで野地板を打ち付けてある垂木と、その破風板の間に、手先が入るほどの幅で約半間の長さに楔形の隙間が見付かった。


押入れと天袋と物入れを解体


それからが大変だった。押入れの奥にコウモリがいる可能性があるので、屋根からの出入ができなくなる前にそのコウモリを救出するために、急遽、北側の屋根の出っ張り部分にある、押入れ+物入れと天袋を解体して、復旧することにした。追加工事の着工は12月上旬で、既にコウモリの冬眠時期だが、冬眠中でもコウモリが目を覚ますことを期待して、解体を始めた。


押入れの内壁を剥すと、やはりフンがあった。外壁と内壁の約10cmの間で、厚さ5cmの断熱材のない空間を通って、押入れの下部まで到達したようだ。
 

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断熱材を剥すと、外壁の内面には板が横方向にスノコ状に張ってあって、その板の上端や斜めの筋交いにはフンが積もっていた。ところどころ、フンが富士山のように盛り上がっていて、そこでは同じ場所で繰り返してフンをしていたようだ。天袋の天井裏も、側面の壁の中も状況は同じだった。天袋の天井裏だけは、なぜか断熱材がなく、コウモリは自由に行き来できたようで、その空間を経由して、上部が露出している外壁と内壁の間に入り込んだと思われる。


結局、初日の押入れの解体中には、コウモリは出てこなかった。出てきたのはゴキブリが3匹だけ。拍子抜けして、コウモリは既に退散したと安易に判断したのも当然。ところが、初日には、押入れの解体に先立って、畳と建具をすべて運び出している。したがって、もしコウモリがいれば、2階の屋根裏から1階の天井裏までが出入自由で、戸のない部屋から出て、家中のどこにでも行ける状況が、まる2日間続いたことになる。しかし、こちらにはコウモリに対する警戒感はまったく残っていなかった。びっくりさせられたのは、2日目の夜のことだった。


2日目の夜、夕飯が終わってそろそろ寝ようとして2階に上がったとき、階段の正面に当たる2階の壁に真っ黒な物体が張り付いているのを見付けた。


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2階の壁は、貼り替えたばかりビニール・クロスで、表面には凹凸がある。よく写真で見る洞窟コウモリのように逆さまではなく、頭を上にして、両手(かな?)と両足の爪で、壁の凹凸をつかんでいるようだ。一見してコウモリと分かったが、さてどうするか。元のところに戻られても困るので、外に追い出そうと思って、先ず窓を開け放ち、ほうきと塵取りを持って、追い出しにかかった。追い出すつもりで、上から下にほうきで払えば飛んで逃げると思ってやってみると、そのまま、バッタリと下に落ちてしまった。ヒラヒラとではなく、バッタリと。廊下に落ちて、何やら鳴き声を立てていた。チーチーと言う感じだったが、悲鳴のようには聞こえず、何だか寝ぼけたような声だった。どうも壁に止まって寝ていたようで、起きてこない。仕方がないので、ほうきで掃いて塵取りに移し、そのまま、窓から外の仮設足場の上に置いてみた。仮設足場の上でも、逃げる様子はなく、椎茸の笠くらいの大きさで、丸く、ぺったんこになっていた。どうしようもないので、そのまま窓を閉めた。12月の中旬で外は寒く、大丈夫なのか気になるところだが、心配するほどのことはなく、翌朝、窓を開けてみるといなくなっていた。


結局、この時期にはコウモリは冬眠しているらしく、熟睡していた1匹が遅れて出てきたのではないか、と、そのときは考えた。3日目で押入れと天袋の復旧が終わり、2階の屋根裏との開口部はなくなった。これまでの経緯から見て、屋根裏にコウモリがいたとしても、既に逃げ出したか、逃げ出し損ねたにしても解体した部分にはいなかったので、どこか、屋根裏で別の外壁と内壁の間に逃げ込んでいる可能性はあるが、屋根裏以外にはもう出ることができない状況になっていた。まさか、2匹目がいるとは思いもしなかったが、いた。それも、まったく考えられないところに、潜んでいた。


押入れの解体・復旧を始めてから4日目の朝、既に押入れは復旧していて、京壁の塗り直しの前工程である京壁の剥しが予定されていた。朝食を終えて、コーヒーメーカーに水を入れようとしてシステム・キッチンのコックから水を流し出したとき、排水口の蓋の切込みからせり出してきた物体があった。小型の動物の頭と両手だった。キッチンなので、最初はネズミかと思ったが、両手の形が違うので、すぐにコウモリだと気が付いた。これには正直、驚いた。よりによって排水口の中とは。


あわてて手近に合ったゴミ袋を被せて、コウモリをゴミ袋の中にいれ、そのまま外に出て、近くの草むらに放してやった。しかし、水を被っていて、濡れネズミならぬ、濡れコウモリだったので、飛べないようだった。草にしがみついていて、しばらく見ていてもじっとしたままだった。結局、そのままにして家に戻った。


シンクの排水口は、直径が約11cm、深さが約13cmの円筒形で、排水口の蓋は、プラスチック製で、半分は平ら、半分は半球形にくぼんでいて、中央部に半円形で最大高さ約4cmの開口部があるタイプに変えていた。


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コウモリは、何とかせり出してきたものの、出ることはできなかったようで、シンクには朝から何度も水を流していたが、そのときまで気が付かなかった。多分、夜間に排水口に入り込んでいたが、コウモリの身長では排水口の底から立ち上がっても、蓋の口までは約9cmあって届かない。水に驚いて、パンチング孔を足がかりにして、あわててよじ登ってきたものの、頭を出すまでには時間がかかったということではないだろうか。また、プラスチックの蓋はつるつるしているので、爪でつかまることができず、飛ぶこともできずに、逃げ出すことができなかったものと思われる。排水口が一種のコウモリ・トラップとして機能したわけだ。後で見に行くと、草むらのコウモリはいなくなっていた。


以上、我が家のリフォーム工事で分かったイエコウモリの生態の一端を、ダイジェスト版で紹介した。より詳細は、ココログ「科学館員の独り言」に掲載してある。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

科学館ボランティア考

情報館を止めた後で


2007年12月に情報館が閉館した後は、これまでに情報館で実施した実験教室やちょこっとサイエンスの技術継承のための活動記録を、財団の許可を得てブログやウエブで公開することになった。ブログは、ココログの「科学館員の独り言」としてアップし、同じ内容を開設したホームページにも掲載した。書き溜めていた原稿を、一気にアップしたので、ブログの連載は1か月ほどで終わった。


何か科学館での経験を生かしてできることはないかと考えて、科学館のボランティアをしてみようと思って、機会を待っていた。手始めに、上野の科学博物館はどうかと考えたが、調べてみると募集時期があって、それが間近に迫っていた。応募してみると、面接があった。面接担当が情報館を知っていたせいか、ボランティアに合格した。結構厳しいものだ。交通費は実費支給なので、応募する人も多いのだろう。活動は、主に館内の説明要員で、驚くことに科博のスタッフはほとんど説明には出ていない。日に何回か館内を回るだけのようだった。つまり、科博で説明を担当しているのは主にボランティアだった。館内に体験型の科学遊具の広場があって、そこでは主に説明と指導を担当するが、監視員の役目もあった。ボランティアは、出勤すると割り当てられているシフトで活動することになる。シフトは予め決められているだけに、休みを取りづらい。かなり窮屈な感じを受けた。ボランティアはそれなりの方々と見受けられ、長くボランティアを続けている方もいるようだった。シフトは機械的に割り当てられるので、得意でない場所の担当となることも多い。また、場所によって来館者が多いところと少ないところがあった。多いところでは結構忙しい。とくに、科学遊具の広場は賑わっていた。


ところが、ふと、ここは何をするところだろうかという疑問がわいてきた。科学分野ではあるが、博物館なので基本的には過去のものを展示する。科博は研究部門が別にあって、業績も優れている。しかし、どこも同じだが、監督官庁の予算削減や効果測定としての来館者数の縛りは厳しく、科博も例外ではなかった。そのプレッシャーはボランティアにも伝わってくる。ボランティアといえども勤勉が求められている感じがした。何となく堅苦しく、息苦しい。居場所として適切だろうかと考えているうちに、ここには「未来」という言葉がないということに気がついた。立派なパンフレットはあるが、開いてみると隅から隅まで見ても、「未来」という文字はなかった。結局、ここは何となく自分には合っていないのではと思って、早々に止めてしまった。未来志向が信条だったので。ただ、今になって考えると、初めての科学館ボランティアで、縛りの多いことに嫌気がさしたのかもしてない。ボランティアだから自由にできるかと思ったら、そうではなかったし、役割も期待したようなものではなかった。ボランティア志望者にはいろいろな経歴や能力を持った方々がいると思う。本来は自由意志による善意の参加なのだから、活動内容の希望ができ、選択ができることが望ましいが、画一的だった。そこまでの対応は難しいだろうとは思うが、もう少し幅があっても良いように思う。科博が悪いのではなく、あくまでも本人のわがままだった。


次はどこにするか


いろいろ考えても、家から1時間程度で通える国公立の科学館は4館しかない。科学博物館、日本未来科学館千葉市科学館、そして市内にある千葉県立現代産業技術館の4館。たまたま、千葉市科学館のボランティア募集が目に着いたので、応募した。面接と書類審査だけだった。ここは、交通費の実費ではなく、一律1000円が支給される。つまり、交通費でもよく、昼食費でもよく、はたまた、小遣いでもよい。ということで、近隣から徒歩や自転車で通う、小遣い目当ても少なからずいた。当然、ボランティアといってもレベルはばらばらで、女性も多かったが、ある程度は科学に関心があり、知識も持った方々だとは思う。


朝、ミーティングがあり、受け持ちのフロアが決まる。毎日数回の定時に、ごく小規模の工作イベントがあって、その受付と実施も活動の一つだった。指導者役はお互いに決めるので、回ってくることも多い。互選なので、断ることもできるが、積極的に立候補する人もいる。この活動だけがいわば義務で、そのほかの時間は自由に受け持ちフロアにいればよかった。この館は、学校連携がコンセプトなのか、学校で習うような原理・現象を多く展示物で再現している。実際、学校の団体が毎日のように見学に来ていた。体験型の展示物ばかりで、なかなかこれだけ多くの展示物を集めている科学館はほかにないように思う。自由な時間が多く、来館者が少ないときは暇を持て余すが、図書室などはないため暇をつぶせる場所がなかった。ときどき、併設のプラネタリウムの来場者の整理・誘導がある。入場時だけで、時間は決まっていた。もとより、客寄せの施設なのでいつも賑わっていた。ここでは、スタッフもフロアに出る機会が多く、ボランティアだけが目立つという訳でもなかった。当時、新しい市長が、設立のコンセプトとは異なる、大人の来館も増やすようにという方針を打ち出した。展示物そのものは、変えようもなく、特別展示として、夏休みなどに開催していたイベントを大人も意識したテーマに変えたりしていた。新宿の情報館は入場無料だったので、大人の利用も多かったが、有料の場合は余程魅力がないと難しい。その後どうなったかは知らない。


比較的自由なので、ここは長く通ったが、結局は辞めた。辞めた理由の一つはスタッフとケンカしたこと。あるとき、錯視をテーマにした小イベントで、スタッフの一人が、錯視を目の錯覚というのは間違いだ、と言った。厳密に言えばその通りで、錯視も脳の働きであって目ではない。しかし、書物も含めて、錯視は目の錯覚と言っているというと、それは間違っていると言ってのけた。その傲慢な態度に腹を立てて喧嘩になりそうになったが、スタッフの一人が静止して収まった。それ以来、会うのが気まずくなった。このスタッフだけはとくに高慢な態度が目に付いて、ボランティアを見下しているように見えた。結局、ここもボランティアは最低の仕事をさせられている、という虚しさが募った。辞めたもう一つの理由は、やはり長くいるボランティアが幅を利かせ、一種の階層化というか、ボランティア同士が楽しく活動するといった雰囲気を乱す人がいた。どこでもそうなのだろうとは思う。結局、ここも辞めてしまった。たまたま、家のリフォーム工事と重なったこともあって。


近場を覗いてみた


市内に県立の現代産業技術館がある。車で行けば20分程度。駐車場は有料だが、ボランティアになれば活動の際は無料になる。ただ、ボランティアの募集は見当たらなかった。そこで、突撃で来館して、ボランティア担当に直談判した。情報館の経歴を説明すると、ボランティアではもったいないと言われたが、スタッフの技術員はまた役割が違う。ボランティアは、適時開催される工作教室の補助指導員や併設するプラネタリウムの誘導・整理員だった。この館は、千葉県内の企業の協賛で、1階のフロアには多くの大型展示物が設置されていて、子供にも人気があった。2階のフロアは、各企業の展示スペースになっていた。面白いのは、図書室があって、貸出ができること。しかも、かなり充実していて、これは利用の価値があった。


結局、工作教室を数回手伝っただけで、ここも辞めてしまった。館がボランティアの活用に熱心でなく、方針も定かではないようだった。県の職員が入れ替わりで赴任するので、施策の一貫性もないように見えた。要するに、お役所仕事ということに嫌気がさした。ただ、前述の図書室はその後も大いに利用させてもらった。図書室が目当てでも、入館料は取られる。その代わり、駐車料金は無料になるので、ちゃらと考えた。


未来館では


科学館ボランティア巡りの最後になった。理由は遠かったことだが、残るのは未来館しかなかった。ここは楽しかった。何より好きな時に出ればよいのが、気に入った。未来館でもボランティアの扱いは経緯があって、初期のボランティアは、大学教授レベルがごろごろいたらしい。その当時のボランティアが、解説のガイドブックまで作成していた。かなり高度な内容で、読むだけで参考になった。やはり、ある程度の知識の仕込みがないと、説明も薄っぺらになる。当然、詳細に説明するには時間も掛かるので、相手次第だが。ボランティアでここまでできるのかと思ったら、もはやそうではなかった。初期の優れたボランティアはその後、続々と辞めたそうで、館の方針転換が理由だったと聞いた。結局、そこそこのボランティアが活動する場になっていた。


シフトもなく、持ち場もなかったと記憶している。得意なところに行って、お客を待ち構えればよい。あるいは、勉強を兼ねて場を広げてもいい。ということで、最初は、原子力関連というか、放射線とか宇宙線の展示に張り付いた。館には大型の霧箱があって覗く人も多かったが、説明文が気に入らなかった。宇宙線α線を検出すると書いてあったが、分厚いガラスを通してα線が入射するわけはない。間違いだと言い張ったが、結局、修正はされないままだった。実は、ときどき賑やかしでラドンを注入するスタッフがいた。主に宇宙からという本来の趣旨からすると疑問もあるが、来館者サービスと考えればおかしくはない。カミオカンデの実寸大模型もよく受け持った。これはなかなか迫力があって、入ってくる人は多い。これだけの大型展示物は未来館ならではと思う。その隣は、素粒子加速器のブースで、かなり高度な内容だった。ここでも説明文に疑念があってスタッフとも意見を交換したが、署名入りなのでその先生の見解だということで、修正には至らなかった。実は、多くの先生方の協力を得ていて、研究室レベルの展示も多い。したがって、その段階での先生方の見解が説明文として掲示されている。かならずしも鵜呑みにはできないので、新しい知見を仕入れて補足する必要を感じた。持ち前の好奇心から、徐々にレパートリーを広げていき、最終的には全展示物の説明ができるまでになった。そのために説明パネルは徹底的に読み込む。と、あちこちに間違いがあることが分かってスタッフに指摘したが、間違いは認めても修正されることはなかった。説明ボードの更新でさえ予算が要るという理由で。


ボランティア室は広くて、昼食や休憩ができた。パソコンも置いてあって自由に使用でき勉強をすることもできた。本棚もあって、図書も並んでいて、理解や説明に役に立つ本も多かった。隣は、スタッフ共通の図書室になっていて、かなり高度な内容の本もあって大いに活用させてもらった。面白いのは、菓子類の自販機とコーヒーコーナーがあったこと。スタッフ向けだがボランティアも利用できた。かなり自由な雰囲気で居心地はよかった。同輩のボランティアもいて話しもできたし、スタッフとも顔を合わせるうちに、話しやすい雰囲気になっていた。展示物の動作不良を発見して、スタッフや技術スタッフに知らせるのも役目で、中にはなかなか調子が出ず、頻繁に調整する場合もあったが、それもボランティアが自主的にやっていた。技術スタッフと不具合の原因について議論することもあった。それも何か参加意識があって、満足感にもつながった。


最後のころに張り付いたのは、量子コンピューターの展示物だった。展示そのものは簡単なもので、量子の重ね合わせを実感させるもの。それを、入り口として量子コンピューターにつなげていくのは、なかなか難しい。訪れる人も少なく、ボランティアも敬遠して近づかない。そのうちに、説明のストーリーが出来てきた。まだ、ほとんど実績のない発展中の技術だったので、最新の情報を混ぜながら、将来の期待につなげることにした。来館者でとくに記憶に残っているのが2件ある。1件は会社員と思われる若い人で、ある程度知識があったらしい。質疑応答というか意見交換、さらには雑談も含めて、1時間も対応した。ある程度、分かったと思ってもらえないとお互いにむなしい。納得して帰ってくれた。もう1件は、SSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)の一環で訪れた女子高校生の一団。ここで展示物の説明文を読み、説明を聞いて、後で自ら講師になって説明をするという実践教育をやっていた。見たところやんきーで、のっけからどこが一番簡単かと言われた。たまたま、居あわせたこともあって、量子コンピューターなら皆理解できないだろうから、何を言ってもばれないよ、というと、ここがいいと言い出した。びっくりしたが、一通り説明して勘所を伝えた。後で聞くと、立派に講師役が務められたらしい。見かけによらずできる子たちだったのかもしれない。そう言えば、同じような体験を、素粒子のコーナーで経験した。難しいにもかかわらず挑戦した子があって、言っていることが正しいかどうかを判定するために、わざわざ理科教師を呼んできて立ち会わせていた。これも立派に務めたらしい。


未来館を止めた理由は簡単で、2011年3月11日のこと、体調が悪いので、出るか出ないか迷ったが、出ないことにしたその日の午後、東日本大震災が起こった。家にいても今までに経験したことがない揺れで、すっかり肝を冷やした。その後も余震の恐れやら、計画停電やらが続いて、ボランティアどころではなかった。後で聞くと、出勤していて帰宅に大変苦労したボランティアもいたということ。家を空けるのがすっかり怖くなって、辞めてしまった。


その後は、家で「自作GM管」の開発に没頭した。今となると噴飯ものだが、当時はまじめになって放射線測定器を自作したい人たちの役に立てばという思いで、ココログの「科学館員の独り言」に連載した。より詳しい最近の成果については、放射線教育支援サイト「らでぃ」の実験集を参照されたい。

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(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

情報館の回想と裏話など(2)

ちょこっとサイエンスの苦労話


これは一種のサイエンスショーで、来館者が多いときは黒山の人だかりができたりしたが、来館者が少なかったり、演出がまずかったり、テーマが難しかったりすると、数人しかいなかっったりすることもしばしばだった。数人しかいないのに、一人減り、二人減り、となると正直焦ったが、説明資料も準備したネタも決まっているので、どうにもしようがなかった。大勢いれば、それなりに反応も違う。参加しているという意識も共有している部分があるのだろう。多くのイベントのような熱狂は、参加者が自ら盛り上がって、作り出すものではないだろうか。当然、演出はそれを狙っている。全く別物だが、ちょこっとサイエンスも同じ要素があると感じた。講師の役目は、実験教室や工作教室では先生だが、ちょこっとサイエンスでは、エンタテイナーに近い。話術も必要だし、臨機応変のスキルも必要になる。最初は緊張したが、回を重ねるうちに、慣れたというか、勘所を押さえる術も身に着いた。後は、面白そうにテーマを嚙み砕くことだった。


サイエンスと言っている以上、テーマは限られている。また、道具が要るので、おのずと展示物の中から適当なものを選ぶことになる。多く登場したのは、真空装置、真空落下装置、ヴァン・デ・グラーフ装置、ジャイロ椅子、などであった。真空落下装置は、空気中と真空中で物体の落下速度が変わるという、いわゆるガリレオの落下実験を検証する装置である。ヴァン・デ・グラーフ装置は、小型の起電機で、高電圧を発生する。絶縁台の上に載ってもらって、静電気で髪の毛が立つ演示が行われた。この二つは必ずスタッフが操作する。一方、ジャイロ椅子は、誰でも遊べる展示物で、重い回転体を手にもって回転椅子に座り、回転体を傾けると椅子が回転を始めるという趣向。ちょこっとサイエンスでは、ジャイロ効果の演示に使っていた。地球コマとか、自転車が倒れないことの原理が、ジャイロ効果である。回転体は傾けると、その逆方向に力が働く。つまり、動きに逆らうような働きといえる。真空装置では、わずかな水をビーカーに入れて真空に引くと、あっと言う間に、凍るという演示をやっていた。気圧が下がると、凝固点が上昇するので、室温でも水が氷るという現象だが、子供たちには手品のように見えたらしい。


お母さんが興味を持ちそうなテーマは


ちょこっとサイエンスのテーマは、基本的には誰でも興味を持ちそうなものを選ぶのが普通である。子供にでも分かるようにはするが、実際は、親が理解して子供に伝えることが多い。つまり、実際のターゲットは親子連れの親の方になる。とすると、親といっても圧倒的に母親の方が多い。科学に関心のある方たちと思うが、さて、サービス精神を発揮して、お母さんたちに喜ばれるようなテーマはないか、などと考えるようになった。新しいテーマができれば、レパートリーが広がる。実は、偶然、その機会が訪れた。真空をテーマとしたちょこっとサイエンスで、終わった後に、あるお母さんから質問があった。それは、真空では漬物が早く漬かるのは何故かというものだった。さすがに、その事実を知らないし、事実としても原理が思いつかなかった。答えれらず、調べておきます、というのがやっとだった。浅漬けなどは食塩だけの添加なので、食塩水の浸透圧で細胞内の水が抜けていることで漬かる。真空の場合も同様の現象が起こる可能性はあり、実際、商品化もされていることは後で分かった。だだ、真空といっても人力で引くくらいではたかが知れている。どこまで、本当か分からないが、実際に漬物が早く漬かるならそれは真空というよりは減圧の効果かもしれないと思った。調べてみると、漬物を漬ける目的と原理は、食塩や酢、砂糖などの浸透圧で有害な細菌の細胞膜を破壊して食品の保存に効果があるとともに、野菜などの細胞膜も脱水に依って自己消化を起こして壊れるためと分かった。


クッキングサイエンス


そうだ、料理や調理をテーマにしたちょこっとサイエンスがよさそうだ、と思い付いて館内の図書を調べたが、料理本はあっても、料理や調理をサイエンスとして取り上げた本はなかった。書店に行くと、あった。まさに、クッキングサイエンスをテーマにイギリスの大学教授が書いた趣味的な本が。この教授は、本業ではなくて、まさに趣味で料理や調理をサイエンスしている。例えば、肉が焼けるときのメィラド反応とか、卵の茹でる時間とか、参考になるものばかりだった。ただ、洋食ばかりなので、少し日本風の話題をと思って、ご飯とお餅、ジャガイモが茹るまで、などを加えたちょこっとサイエンスを企画した。ちょっと、子供には興味が湧かないかもしれないが、学校で習うようなヨウ素でんぷん反応とか、浸透圧の実験を加えた。


以下に、クッキングサイエンスをテーマにした、ちょこっとサイエンスの配布資料と、企画書を追記する。何かの参考になれば幸いである。


「クッキング・サイエンス」


白いご飯とおもち、どこが違う? 温泉たまごのつくり方は?
知っているようで知らない(かも?)クッキングを科学します。

【ジャガイモで熱伝導の実験】

なぜ食べ物を加熱するか?

  • 穀類やイモなど:そのままでは消化できないβデンプンをαデンプンに変える。(60℃以上で糊化)
  • 肉類などのタンパク質:そのままでも食べられるが、噛み切りやすくする。(40℃以上で変性) 肉類の香りはメイラード反応による。(140~180℃)
  • 野菜:硬くて食べられない繊維(細胞壁、主成分はセルロース)をやわらかくする。

そのほか、食中毒を防ぎ、保存しやすくするなど。


加熱の効果は、中心温度で決まる。同じ調理方法であれば食材の大きさ(寸法)が2倍になると、中心温度の上がりやすさ(=時間)は、ほぼ4倍になる。

【“温泉たまご”でタンパク質の変性を実験】

たまごを沸騰したお湯に入れると、外側から温度が上がっていくので、まず卵白が固まり、温度が上がると卵黄が固まる。ゆでる時間が長くなると、“半熟”から“固ゆで”になる。


脂質の多い卵黄は約65℃から、卵白は約70℃から硬くなるので、65~70℃に温度を保てば、外側の卵白が“半熟”で中の卵黄もトロッとした“温泉たまご”ができる。


望みのゆでたまごができる時間

  たまごの直径d(mm)、初期温度To(℃)のときのゆで時間t(分)は、
     t=0.0015d2loge{2(Tw-To)/(Tw-T)}

ただし、Twは湯の温度(℃)、Tはたまごの中心(=黄身の)温度(℃)。


肉類もタンパク質(と脂質)を含むので温度を上げると硬くなるが、スジ肉や皮はコラーゲンを多く含むため、70℃以上で長時間水煮すると、コラーゲンが分解してやわらかくなる。(ゼラチン化)

【ご飯とおもちを、ヨウ素液で実験】

もちの米は「もち米」だが、白いご飯の米は「うるち米」と言う。米の主成分はデンプンで、デンプンにはアミロースとアミロペクチンという構造の違う2種類の成分がある。アミロペクチンは、ねばりが多くでる成分で、アミロペクチンの多い米は、炊くとよくねばり、噛みごたえがある。


うるち米は、アミロペクチンが80~85%、アミロースが15~20%位。もち米は、ほとんどアミロペクチンでできている。インディカ米は、細長い形をして、ねばりが少ない。アミロペクチンは70%位しかふくんでないので、パサパサとしたご飯になる。インディカ米に対し、日本の米のように粘りの多い種類をジャポニカ米という。


ヨウ素デンプン反応
デンプンは、ヨウ素液やヨードチンキを加えると、青紫色になる。アミロースを含むデンプンは濃い青紫色にそまり、アミロペクチンのデンプンはうすい赤紫色にそまる。

【食塩水で浸透圧の実験】

なぜ食品の保存に塩や砂糖や酢やアルコールを使うのか?


高い浸透圧によって細菌を脱水し、繁殖できないようにするため。生物は細胞でできており、細胞は細胞膜で覆われている。細菌にも細胞膜があり、細胞膜は水だけを通す半透膜なので、内部よりも高濃度の溶液に接すると、内部の水は溶液側に移動する。脱水が進むと、細胞膜は自己消化を起こして壊れる。


漬物(塩漬け、酢漬け)、砂糖漬け、果実酒なども、この作用を利用する。

 浸透圧に関するファント・ホッフの式   Πv=nRT
 ただし、Πは浸透圧(Pa)、vは溶液の体積(m3)、nは溶質のモル数、Tは温度(K)、Rは気体定数(=8.3143J/mol・K)

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≪参考文献≫
『お米のひみつーたのしい料理と実験ー』(小竹千香子著 さ・え・ら書房 1992年)
『料理のわざを科学する キッチンは実験室』(P.Barham著 丸善 2003年)

【実験の進め方】

《実験機材》

  1. 簡易真空装置(一方向弁つき注射器と密閉容器)
  2. 真空保温ポット 2個
  3. 電気ポット
  4. 先細デジタル温度計
  5. 温度計(-20~100℃)
  6. 味噌濾し器
  7. 試験管 2本
  8. シャーレ
  9. ビーカー(100ml)
  10. 包丁
  11. まな板
  12. ジャガイモ(中1個)
  13. タマゴ(中1個)
  14. 白玉粉(少量)
  15. 上新粉(少量)
  16. うがい薬(ポピドン・ヨード水溶液)
  17. 大根(1cm輪切り)
  18. 食塩(10g)
  19. インスタントコーヒー(少量)

《実験準備》

  1. 真空保温ポットに水または湯を入れて通電し、1個は60℃、もう1個は68℃に保温する。
  2. 電気ポットに水または湯を入れて通電し、沸騰(100℃)を保つ。
  3. ジャガイモを皮のまま、洗っておく。
  4. タマゴの上下に小孔を開け、卵白を試験管に吹き出す。
  5. 卵白が出きったら、タマゴを割って、卵黄を別の試験管に入れる。
  6. シャーレに、白玉粉上新粉を少量ずつ別々に盛って小山を2つ作る。
  7. 大根を4等分(イチョウ切り)する。
  8. 5%食塩水を作り、インスタントコーヒー少量をよく溶かしておく。

《実験手順》

  1. ジャガイモに先細デジタル温度計を中心まで挿し、そのジャガイモを味噌濾し器に入れて、沸騰している電気ポットに入れて、5分間待つ。
  2. その間に、卵白入り試験管と卵黄入り試験管を、同時に60℃に保った真空保温ポットに入れて、放置する。
  3. 5分経過後、ジャガイモの中心温度を測って60℃に到達していないことを確認し、ジャガイモを取り出して包丁で半割する。断面を観察し、湖化によって周囲が環状に(熱伝導で温度が湖化温度以上になったうえ、湖化に必要な時間が経過して)透明化していることを確認して、説明する。
  4. 卵白入り試験管と卵黄入り試験管を同時に取り出して、両方とも固化していないことを確認し、68℃に保った真空保温ポットに入れて、再度、放置する。
  5. シャーレに盛った白玉粉上新粉にヨード液を注いで、白玉粉は赤紫色に、上新粉は青紫色に染まることを確認して、説明する。
  6. 卵白入り試験管と卵黄入り試験管を同時に取り出して、卵黄が半熟化し、卵白が固化していないことを確認した後、沸騰している電気ポットに入れて、再々度、放置する。
  7. 簡易真空装置の密閉容器に68℃の熱湯を少量入れて、真空に引き、沸騰する(約1/4気圧に相当する)ことを確認する。
  8. インスタントコーヒーで着色した5%食塩水を2分し、半量は簡易真空装置の密閉容器に、半量はビーカーに入れた後、それぞれに大根を1片ずつ入れる。
  9. 大根1片を入れた簡易真空装置を真空に引き、3分間、放置する。
  10. 卵白入り試験管と卵黄入り試験管を同時に取り出し、両方とも固化していることを確認して、説明する。
  11. 3分経過後、簡易真空装置とビーカーからそれぞれ大根1片を取り出し、包丁でそれぞれ縦に2分して断面を観察し、着色が真空中の方で進んでいる(真空中では食塩水の浸透が加速される)ことを確認して、説明する。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

電気で動くヘリコプターⅡ

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ココログを見ての問い合わせが未だにあるので、当時のテキスト(一部改め)を紹介する。


1.パーツリスト[単位:mm]

  1. 胴体1:15×5×50(桧角材)[上端より6mm中心にφ6貫通孔、下端より18mmに間隔8mmでφ1.5貫通孔×2、下端より5mmと10mmの背面中央にφ1.5下孔]
  2. 胴体2:φ6×25(桧丸棒)[前端より9mm中心にφ3貫通孔]
  3. 胴体3:φ6×210(ストロー)[後端20mmまで上下に切り込み]
  4. 回転翼:単翼(20×170、1mm厚紙貼スチレン)×2+ヒンジ15×50(0.5厚スチレンシート)[強力両面テープで貼り付け]
  5. 尾翼:100×95(1.5mm厚スチレンペーパー)
  6. ギヤ+軸:平ギヤ(60枚、φ1.9軸、モジュール0.5)、ピニオンギヤ(10枚)、φ2×50(軟鉄丸棒)、平ギヤ(24枚)
  7. 軸止:φ2ワッシャー+ポリエチレン・チューブ
  8. 軸受:φ3×0.5厚×20(黄銅管)
  9. 脚:φ0.9×450(ピアノ線)+φ3×0.5厚×10(アルミ管)×2(加工済み)、φ2×5(木ネジ)×2
  10. モーター:田宮模型製トルクチューンモーター
  11. 電気二重層キャパシター:昭栄製PAS 2.3V10F
  12. スイッチ:単投3P
  13. リード線:φ0.5×30(単線)

2.工具その他

  • カッター
  • 定規
  • はさみ
  • ハンダごて
  • ハンダ
  • ドライバー
  • 強力両面テープ
  • セロテープ
  • 電池ボックス(単一乾電池×2)+ミノ虫クリップ付きコード

3.工作の手順

  1. 15×5×50桧角材の上端から6mmの中央部にドリルでφ6の貫通孔をあける。下端から18mmに、間隔8mmでφ1.5の貫通孔2個をあける。背面中央部に下端から5mmと10mmに、φ1.5の下孔をあける。
  2. 6×25桧丸棒の前端より9mmにドリルでφ3の貫通孔をあける。
  3. φ3×0.5厚×20黄銅管の軸受を金ノコで切り出し、ヤスリで端面の面取りをした後、φ2ドリル歯を入れて回して切断部のバリを落とし、φ2×50軟鉄丸棒の軸がスムーズに回ることを確認する。
  4. ピアノ線をペンチで曲げ、直径10cmの円形と大円の中央部に高さ10mm、幅2mmのヘアピンをつくり、大円の両端をアルミ管で圧着して脚とする。
  5. 平ギヤ(24枚)の中央部の突起を紙やすりで削って落とし、回転翼の受台とする。
  6. 1mm厚紙貼スチレン材から20×170矩形2枚をカッターで切り出す。はさみで整形した後、手で上に凸の丸みをつけて単翼2枚をつくる。ヒンジは、0.5厚スチレンシートから15×50矩形をカッターで切り出し、中央にドリルでφ2の貫通孔をあける。+片面のヒンジの両端から1cmの位置と、その裏面の中央から7.5mm(両端からはそれぞれ17.5mm)の位置にマークしておく。ヒンジの両端部1cmに単翼のそれぞれの前縁がヒンジと一直線になるように強力両面テープで貼り付ける。ヒンジ裏面の中央部に強力両面テープを貼り、孔の位置にカッターで×印の切り込みを入れる。
  7. 1.5厚スチレンペーパー材から100×95矩形をカッターで切り出し、はさみで整形して尾翼とする。φ6×210胴体3の後端部に、はさみで約20mmの切り込みを入れ、尾翼の前端部を挿入して胴体3の後端部の両側をそれぞれ尾翼に押し付けながらセロテープで固定する。
  8. 軸に上方から25mmの位置まで平ギヤ(60枚)を下向きに挿入する。その後、平ギヤ(24枚)を軸の上部に上向きに6mm押し込む。
  9. 胴体2のφ3貫通孔に軸受を通し、上方に10mm突き出た位置で軸受が真上を向くようにした後、軸を上から軸受に通し、下方に出た軸にφ2ワッシャーとポリエチレン・チューブの軸止を挿入する。その状態で、軸がスムーズに回ることを確認する。
  10. 胴体2の短い側の端を胴体1のφ6貫通孔に通して仮組みする。
  11. モーターの軸にピニオンを通し、平ギヤ(60枚)と位置合わせをした後、強力両面テープで胴体1の上部に貼り付ける。
  12. 胴体1のモーターの下にスイッチを下向きに接着剤で貼り付ける。背面からマイナスのマークを右側にして電気二重層キャパシターの足を貫通孔に通し、スイッチの両端の端子にそれぞれハンダ付けする。モーターの左端子とスイッチの左、モーターの右端子とスイッチの中央をハンダとリード線で配線する。
  13. 電気二重層キャパシターを短時間充電し、スイッチを入れて平ギヤ(60枚)が(時計回りに)スムーズに回ることを確認する。
  14. 脚の中央を胴体1下部のφ1.5下孔2個に木ネジで固定する。
  15. 胴体3を、尾翼が正立するように胴体2の丸棒に差し込む。
  16. その状態で、バランスを確認する。前部が重過ぎる場合は、25mm程度の長さのハンダを胴体3に巻きつけ、前後させてバランスを調整する。
  17. 回転翼のヒンジの中央部を軸に挿入して強力両面テープで平ギヤ(24枚)に貼り付ける。
  18. 電気二重層キャパシターを短時間充電し、回転翼がスムーズに、また、2枚が上下にズレないで回るように、翼のねじれ(水平から4~5mm)を調整する。(回転翼端部が中心より40mm以上高くなるようにする。)

4.飛ばし方

  • 電気二重層キャパシターを30秒間充電し、目の高さでスイッチを入れて手を離すとヘリコプターが上昇を始める。または、1分間充電して、机上から離陸させることもできる。
  • ヘリコプターが着陸(または落下)したら、スイッチを切る。

5.注意事項

  • 飛ばすときは周囲に人が近づかないように注意すること。
  • 飛んでいる間は、ヘリコプターから目を離さないこと。
  • 安全のため、落下の際には、回転翼が翼受台から外れるようになっているので、接着剤で固定しないこと。
  • 電気二重層キャパシターはショートさせないこと。
  • 電気二重層キャパシターは3V以上で充電しないこと。

電気二重層キャパシタ

大容量のコンデンサーで、繰り返し充放電に強く、大電流が取り出せる特徴があります。現在は、携帯電話などの電源回路に利用されていますが、将来はさらに大容量化して、電気自動車や家庭用分散型電源などの電力貯蔵への利用が期待されています。蓄電池に似ていますが、放電とともに電圧が低下するため、一般には定電圧回路を組み込みます。


6.ヘリコプターの飛行の原理と調整方法

(1)飛行の原理

ヘリコプターの回転翼も飛行機の翼も、凧が上がるのと同じ原理で機体を上昇させます。

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ヘリコプターの回転翼と飛行機の翼の違いは、ヘリコプターでは翼の根元と翼端で気流の速度が違うことです。ヘリコプターの回転翼は飛行機のプロペラと似ています。

(2)安定性と調整法

ヘリコプターの安定性に必要なのは、まず、揚力の中心と重力の中心が一致していることです。前後左右でいえば、機体の重心は、回転翼の軸の位置に合わせる必要があります。次に必要なのは、機体が傾いたときの復元力です。ヘリコプターの機体が傾いたときの復元力は、機体の重心が揚力の作用点よりも下にあることで生ずる力と、回転翼のコーニングによる力があります。


コーニングとは、回転翼が回転したときに、翼の根元よりも翼端で気流の速度が大きくなるために、翼端の方が高くなることをいいます。コーンとは円錐形のことです。このコーンが傾くと、単翼に作用する揚力は左右で同じですが、揚力の垂直方向の成分はコーンの傾きで異なってきます。下になる単翼に働く揚力の垂直方向の成分がより大きくなることから、コーンの傾きを戻す力が生じます。そのためには、ヒンジの適度な弾力性が重要です。

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【参考図】

組立図

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分解図

回転翼

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胴体1、2

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胴体3、尾翼

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結線図

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(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

情報館の回想と裏話など

未来科学技術情報館との縁


すでに閉館した科学館なので、もう時効だろう。在籍したのは、2005年4月から2007年12月まで。閉館で終わった。12月は中途半端だが、開館が1995年12月だったので、ちょうど12年間続いたことになる。在籍は、たった、2年9か月だったが、楽しい思いをさせてもらった。ある意味で、その後にもつながった、一種のキャリア形成だった。


身分は技術相談員。それまでも代々続いたポストで、ある会社が退職者の再就職先として継続的に送り込んでいたが、特別の事情があって入ることができた。実際の再就職先は科学館の運営を科学技術庁から委託されていた財団で、月20時間の契約社員として雇用された。その当時の財団理事長は、大学で教わった教授だった。これも何かの縁かもしれない。財団とは長い付き合いがあり、情報館とも仕事で付き合いがあって、前から再就職先として名乗りを上げていたのが配慮されたのかもしれない。


ちなみに、未来科学技術情報館科学技術庁の委託事業として始まり、当初は未来館と称していた。アドレスも、miraikan.gr.jp だった。その後、2001年に、お台場に日本科学未来館が開館したことで、当館は情報館と略称を変えたが、アドレスはそのまま残り、二代目未来館の方のアドレスは、miraikan.jst.go.jp となっている。文部科学省となって、2館運用の理由がなくなったことと、事業継続10年を経過したことから予算が打ち切られ、閉館となった。


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情報館という呼称は、国における首都圏に向けた情報発信の場としての位置づけがあったからで、実際、書棚の半分は、原子力発電所の許認可資料が占めており、それを目当てに通う人も珍しくはなかった。科学館の体裁をとったのはやはり集客が目的だろう。新宿駅から歩いて5分という立地も集客には好都合だった。図書室には椅子や机があって、休憩にも利用されていた。親子連れや、学校帰りの小学生、暇つぶしに寄る会社員などは近場の人たちだろうが、遠くからは、九州から北海道までの修学旅行生が班活動で訪れた。狙いは別にあったのかも知れないが、新宿に寄るには好都合だったのだろう。元より、狭い館なので、バスで来るような場所ではないが、少人数のグループの訪問はしばしばあった。その中には、障碍者のグループや特別支援学級の生徒たちが含まれる。幼稚園もあったように記憶している。


図書室には、来館者向けの図鑑やら、実験・工作の本やら、料理の本まであって、夏休みなどは宿題のテーマ探しに親子で賑わっていた。理科や科学の一般書もあって、大人でも訪れる人は多かった。小中学生にはちょうど良いレベルの本が揃っていて、その後にあちこちの科学館の図書室を覗いてみたが、蔵書の数はともかく、これだけ対象を絞った図書を持っていたのは、情報館だけだった。この図書は、閉館後は一括してある科学館に移されたと聞いている。下の図の正面奥が図書室で、図書室は日曜日にはイベントスペースになった。


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情報館も体験型の科学館で、大型の展示物はどこの科学館にもあるようなものが多かったが、とりわけ人気があったのは、人が入れる大型のシャボン玉を作る装置で、同型の装置ではとくに大きかったらしく、有名だったらしい。そのほかにも、100mの伝送路を持つボイスターンや、体を押し付けて人型を作るピンレリーフ、たつまき発生装置などがあった。科学館らしく、真空実験装置や、真空落下装置、ヴァン・デ・グラフ起電機、トムソンリングなどもあった。放射線分野では、大型霧箱、小型X線透視装置、βちゃん、プラズマボールなど、原子力関連では、原子力発電シミュレーションゲームなどがあった。大型の展示物も入れ替わりがあるので、年によって違うものを体験された方も多いと思う。


技術相談員の仕事は


主に、毎日曜日の午後に開催される実験教室・工作教室の企画と準備と当日の講師役。これは館員が順番で担当した。実験教室・工作教室は参加無料で、製作した工作は持って帰れた。次は、15分ほどのちょこっとサイエンスという、一種のサイエンスショーで、これも、企画と準備と講師役。一回15分だが、一日に二回あった。これはなかなか難しくて、とくに子供は面白くないと容赦なく離れて行ってしまう。つなぎとめるにはどうしたらよいかを真剣に考えざるを得なかった。目の前で通信簿をもらっているような気分。結局、できるだけ参加してもらうこと、つまり話しかけて答えてもらったり、手伝ってもらったりすることを心がけること。一つの話題は3分以内にすること。話し中心ではなく、見たり動いたりすることを多く取り入れること。などを心掛けた。


実験教室・工作教室もありきたりのテーマでは飽きられてしまう。何しろ無料なので、応募が凄まじい。抽選になるが、何度も落選する親子がいた。他方、リピーターも多いく、レベルも高い子がいる。予算の都合で軽いテーマが多いが、人気の出そうな凝ったテーマを提案して実行させてもらうことが多かった。ヒットテーマの一つが、電動ヘリコプター。電気で動く工作を中心に提案したが、電動飛行機なら作るのは楽だが、館内が狭いので飛ばす場所がない。そこで、何とかヘリコプターをと思ったが、道のりは険しかった。当然、試作、試験して、子供、といっても中学生か親子同伴の小学生が参加資格だったので、小学生でも作れないといけない。作ったけど飛ばないでも困る。結局、開発に3か月もかかった。この電動ヘリコプターは2回実施していて、2回目の方が成功率は高かった。今なら小型の電動ヘリコプターがおもちゃとして売っているが、まだ、当時は超小型モーターが高価で、模型モーターを使わざるをえなかった。重くなるのが当然で、電池駆動にすれば確実だが、軽くするためと、発送電分野では蓄電の重要性を語るために電気二重層キャパシターを使用した。別途、電池で充電する必要はあるが、何しろ電池より軽い。また、適当な時間で電圧が下がり、ヘリコプターが飛び続けないのも好都合だった。

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電動ヘリコプターは、ココログの「科学館員の独り言」に掲載したので、今でも残っていて、たまに作ってみたいので資料をくださいという依頼が舞い込む。入手しやすい部品で構成しているので、それが魅力かもしれない。先日も問い合わせがあり、資料を送ったところ、うまく行きましたというお父さんからのメールがあった。


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大型の展示物は順番待ちの状況なので、分散を目的として小型の展示物を多く用意していた。市販品もあるが手作りも多い。人気があったのは、ハノイの塔と空中コマ。これは適当に難しく、子供よりは大人が夢中になっていた。空中コマはなかなか回せなかったが、コツをつかむと成功率が上がった。ただし、指導するのはもっと難しく、体感のようなものを人に伝えるのは難しいと感じた。展示物の自作も手掛けたが、これは仕事というより趣味に近かった。作品には、周期表ダーツがある。これは、磁石のダーツだが、外側から、水素、ヘリウム、リチウム、などとなって、中心がウランになっている。ウランに当たると、周囲に2個または3個のLEDが仕込んであって、それが光ることになっていた。これは何かを理解した人は少ないかもしれないが、実はウランの核分裂をテーマにした手作り展示物だった。LEDはもちろん、発生した中性子の数に合わせてあって、2個または3個がランダムに選択されるようになっていた。多くの人はただのダーツと思っていたかもしれないが、核分裂の説明の切っ掛けにはなった。


最初は、説明要員からは外れていたが、予算の縮小でスタッフが減ると、輪番で説明要員となった。PR館ではないので、押しつけがましい説明はしないが、それとなく寄って行っては解説を加えると、会話が弾んだ。科学館なので、それなりの科学知識は必要になる。幸い、原子力工学科を卒業しているので幅広い知識は得ていた。どこで、何をするかが分からないうえで、持っていた知識は大いに役に立った。ときどき、挑戦的な難問をふっかけてくる人が来館する。あるいは、訳の分からないことを言い出す人もいる。なかなか、対応は難しいが、ほどほどの対応でお帰り願った。一種の客商売なので、怒らせるわけにもいかない。いい勉強になった。


今となっては、どれもいい思い出になっている。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

教育用GM管開発を振り返って(5)

今回は放射線教育の新しい動きに関連する話しです。表題とは離れた話しが続きますが、最後は表題に戻りますので、ご一読ください。


新学習指導要領に沿った動き


これまでは、中学二年の理科で、原子力エネルギー利用に関連して「放射線にも触れること」とされてきたのが、学校における放射線教育の根拠となっていた。新学習指導要領では、それに加えて、クルックス管などの真空放電の観察に関連して「X線についても触れる」として、他の放射線の存在や利用について触れることになった。クルックス管では、陰極線すなわち電子ビームが管壁に当たって緑色に輝くのを観察する。覚えている方も多いと思う。クルックス管はレントゲンがX線を発見する切っ掛けとなった装置と同様の装置で、電子の加速に1万ボルト以上の高電圧をかける。インダクションコイルの放電電極が、ばりばりと音を立てて放電するのを覚えているだろうか。放電中のクルックス管は、微弱ながらX線を出す人工の放射線源ともいえる。人工放射線については、X線のほかにも、電子線や重イオン線があり、レントゲン検査や空港での手荷物検査などのなじみのある利用のほかにも医療や産業に広く利用されている。放射線照射を利用していることを表示する必要はないので、意外と身近な製品が工場などで電子線照射を受けていたりするが、放射線は一過性で残留することはなく問題はない。


そこで、クルックス管の観察はこれまで通りとしても、付随する微弱X線を活用した授業が可能になり、そのプログラム開発が急務となった。実際にクルックス管から出るX線を計測しようとすると、高電圧電源やクルックス管自体の放電がノイズとなって計測器の測定を妨害する。GM管はX線も測定できるが、放電を利用するタイプなので影響を受けやすい。半導体を検出器として使用する計測器も電子回路が影響を受ける。微弱X線なので近づかないと測定できないが、クルックス管に接近して使用するとますます影響を受けやすい。従来からある教育用放射線測定器では正確な測定は難しいことが分かった。


他にも、計数ができたとして、X線源を活用してどのようなカリキュラムがあるかも検討する必要がある。これまでのような、距離の実験とか、遮へいの実験をどうすればよいのか、検討を始めた。


そのために開発した高電圧電源がある。クルックス管はさすがに購入せざるを得ないが、高電圧なら経験もあるし、クルックス管なら電源の容量も大きくない。ただ、電圧だけがこれまでの2倍以上必要になる。目を付けたのは、14000Vを出力する高電圧発生器で、教材として科学技術館売店で売っていた。1.5Vの単三電池で14000Vを間欠的ではあるが出力できる。試してみると、数秒に1回程度はクルックス管を光らせることができた。駆動電圧を上げるとどうなるかを試そうと、当然、自己責任だが、3V、4,5Vと上げてみた。6Vでは、さすがに放電リークがあって、使えそうにない。分かったのは、駆動電圧を上げると、高電圧の上昇は駆動電圧の比まではいかない多少上昇する。それよりも目に見える効果は放電の繰り返しが早くなることだった。早くなればクルックス管の見た目の明るさは増す。駆動電圧を上げると、装置の寿命が短くなることもあり、4.5Vで駆動する装置を作り上げた。一般的なインダクションコイルはアースを取るのが原則となっているが、この装置ではどうするか悩んだ。単三電池3本で駆動するので、商用電源に接続する必要はないが、高電圧の両端子がどんな電位になっているのか気になったが、測定する手段はない。どう考えたかは覚えていないが結論を言うと、フリーな状態では一端がプラス、他端はマイナスの高電位になっていると判断した。つまり、片側をアースすると他端がプラスまたはマイナス17000Vになるが、アースをしないと、片側はマイナス8500V、他端はプラス8500Vになっていると思われる。このことは、アースをしないで使用すると金属部分に触れると電撃を受けるということを意味する。ただし、経験的にはケーブルの被覆や電池ケースに触れても問題はなかった。


このことを手掛かりに、この装置を直列に接続すると2倍の高電圧が得られるのではないかと考えて、実験してみると2倍まではならないが大幅に電圧が上昇することが分かった。ただし、3段ではうまく行かなかった。高電圧発生の周期が合わなとダメということらしい。そこで、最初は、単段と2段を切り替えられる高電圧電源を試作した。苦労して放電電極を設けて、スパークギャップを調節できるようにした。単段と2段の切り替えは、電池ボックスのスイッチで行い、片方ONなら単段、両方ONなら2段になる。一応、絶縁物の上において、電撃を避けるようにして使用しているが、問題はない。その後、単段の高電圧電源を作って、2段にしたい場合は、2台の電極間で直列接続するようにした。その結果、極めてコンパクトな高電圧電源ができた。スパークギャップで図ると、単段で17mm程度、2段直列で25mm程度にはなっている。換算すると、それぞれ17kVと25kV程度と考えられる。単三電池3本のスイッチ付き電池ボックスは外部にあるので、要すればケーブルを長くして、装置から離れて操作することもできる。高電圧が怖い向きにはよいかもしれない。


ウエブカメラを検出器にする


パソコンで使用するUSB接続のウエブカメラはテレビ会議やリモートワークで使用されるが、ウエブカメラは光ばかりでなく低エネルギーのX線を検出できる。そのことは、簡単に確認できる。そのためにウエブカメラを改造する必要はない。単に、遮光のためにレンズの前に黒いビニールテープを貼り付け、電気的な保護のためにアルミシートを巻いておくだけでよい。クルックス管を放電させて、ネックと反対側の丸みを帯びた端面の近くにウエブカメラを近づけて、パソコンのカメラソフトで観察できる。ただし、点は小さく、スナップ写真では分からないので、動画で撮影するとちらちらする輝点が見えるが、よほど注意深く見ないと分からないかもしれない。これまでは、放射線の可視化といえば霧箱が定番だったが、今後はクルックス管とウエブカメラの組み合わせが新しい手段として使われるようになるだろう。何しろ、ほとんど準備作業はなく、その気になれば先生方でも気楽に試すことができるから。

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最初の改良点は、極めて小さい輝点を大きく見せられないか、ということだった。そこで、Pythonの活用を思い付き、調べてみるとOpenCVというウエブカメラの画像処理に適したライブラリーがあることが分かった。チュートリアルや先行例も豊富に公開されていて、画像の二値化としきい値処理を組み合わせればよいことも分かった。画像を二値化つまりカラー画像をモノクロ画像に変換して輝点の周囲を強調するという処理である。1回のサンプリングは動画の1/30秒なので、検出数が少ない。そこで、画像の加算によって輝点を蓄積したあとで、しきい値処理をして画像を表示するというプログラムをPythonで作成した。その結果、学校の授業でも放射線の可視化が簡単な手段で実現できることが分かった。写真の蓄積時間は3分で、短時間に画像を得ることができるし、増えていく経過を見ることもできる。

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Pythonは簡単に扱えるので、高校生程度なら好みのようにカスタマイズもできる。


画像をみると輝点に大小があるように見える。輝点が1画素なのか数画素なのかを調べるために、とりあえず全画素の輝度を調べて画素のサイズに合わせた行列として出力し、その結果をExcelグラフで見ると、おおむね輝点1個は1画素に対応していることが分かった。2画素、3画素のケースはあるかないかで、極めて少ない。2画素、3画素の重複カウントは問題ないことが分かった。


ウエブカメラでX線を計数するPythonプログラムも作成した。前述のように、クルックス管自体や高電圧電源の放電ノイズがGM管や半導体検出器の電子回路に影響を与え、正確な計数ができない。ウエブカメラも電子回路だが、アルミフォイルで電気的シールドをしているためか、影響はないようだ。また、ウエブカメラで計数実験ができれば、授業での応用範囲が広がる利点もある。その方法は、毎秒30コマの動画から0.1秒ごとのシーンを10秒間加算し、画素ごとの輝度を測定して、しきい値以上の画素をカウントする。その計数を10/3秒毎の計数率として6回反復して出力する。分かりにくいようだが、計数率は10秒率になっている。このプログラムは、距離の実験や遮へいの実験に使うことができる。ただし、距離の実験には、クルックス管の端面の前に直径6mm程度の円孔を開けた鉛板でコリメートする必要がある。コリメートがないと点線源の仮定に合わなくなる。また、遮へいの実験では、X線の場合、β線のような密度依存性ではなく、原子番号依存性が現れるので面白い。原子番号の大きい材質の方が減衰は大きい。このことが、レントゲン検査において、組織と骨を識別できる利点になっている。試しに、乾燥肉とチョークとを比較すると実感できる。


Visual Basic 6のプログラムPython


www.radi-edu.jp

以下の各項目は、「らでぃ」の実験集に掲載したので、詳しくはそちらを参照されたい。Pythonプログラムも例として掲載した。


パソコンやタブレットを計数・表示装置として使用するVisual Basic 6のプログラムは著作権の問題が気になって公表しにくい。そこで、同等の機能をPythonで実現する取り組みを始めた。音声信号のデジタル化なので、PyAudioというライブラリーを使用した。連続してサンプリングするので、ストリーミング機能を使用する。一定のチャンクごとに音声の波形をバッファーに取り込み、ステレオの2チャンネルで波高をリストとして記録する機能である。Pythonのルールによって、リストをアレイに変えて以降の処理をする。バイトデータを整数に変換すれば、Python特有の部分を抜けるので、後は数値演算を行って、音声信号の波形分布をファイルに記録する。計数のディスクリミネーションのために、最大値を記録、表示した。音声信号はオシロスコープのように波形として表示するために、Matplotlibというライブラリーを使用した。一例では0.12秒分の波形を次々と画面に表示する。Visial Basic 6と同等の機能がPythonで実現できた。


次は、10秒毎の計数率を6倍してCPMとして画面に表示するPythonプログラム。ディスクリミネーションが必要で、最初にしきい値を入力することにしてあるので、前もって前述の波形表示+最大値出力のプログラムを動かして、しきい値を見積もっておく必要がある。


その次は、1秒率で測定して、経時変化をグラフ化するPythonプログラム。パルス波形をモニターしながら、1秒率の経時変化を表示するプログラムで、主にラドン220の半減期の測定に使用する目的で製作した。したがって、最大時間は600秒、10分となっている。


さらに次は、パルス波高分布をグラフ表示するPythonプログラム。パルスの立ち上がりをトリガーして時間とパルス波高を順次記録し、立ち下がるとパルス波高の最大値をリストに書き込む仕組み。パルス波高の最大値を1000chに換算し、パルス波高(ch)ごとの計数値を記録して、csvファイルに出力するとともに、原波形のモニターとパルス波高分布がグラフに表示される。


コマンドラインで使用するPythonプログラムの宿命で別々のプログラムとなったが、結果として、Visual Basic 6のプログラムと同等の機能がPythonで実現できた。


大気圧GM管でX線のエネルギー分析に挑戦


最後にタイトルに戻って、GM管でエネルギー分析ができそうだ、という話で締めくくる。まず、GM管にはステンレスメッシュの茶こしを被せて電気的なシールドとし、クルックス管からのノイズをカットできた。次に、オシロスコープGM管の出力を観察して、クルックス管の高電圧電源の波形が正負に変動する両極性であることが分かった。次に、遅れて正のパルスが観測され、このパルスは厚さ0.5mmの鉛板で遮へいされることから、X線のパルスと考えた。正負のパルスからX線のパルスまでは約100msecの遅れがあることから、負のパルスをトリガーとして、パソコンで100msecの遅延処理をしてパルス波高分析を行った。


その結果、低チャンネル側に比例ピークが現れ、クルックス管を単段で駆動したときと2段で駆動したときでは、やや離れた位置に出ている。なお、高チャンネル側はGMモードのピークで、中間はノイズと思われる。単段の約17kVに対して2段で25kVなのでエネルギーの比は1.5。それに対してX線のピークのチャンネル比は約1.4と極めて近い結果となった。


詳細は、「らでぃ」実験集に載せた。まだ、ベストコンディションのデータなので、確実とは言えないが、エネルギー分析という目標がクルックス管で達成されたように思う。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

教育用GM管開発を振り返って(4)

今回のテーマは放射線のエネルギー分析の可能性なので、厳密に言えば、タイトルとの矛盾を指摘されると思うが、同じ道具立てを使った話しなので、「GM管」と称するのはその装置の代名詞と考えてほしい。


まずは検出した放射線パルスについて


nandemo-lab.cocolog-nifty.com

まだ、ココログ「科学館員の独り言」で自作GM管を取り上げていた頃、既に計数のデジタル表示はできていたが、訳の分からない現象があった。それは、計数率が考えられないほど多くなる現象。別に連続放電をしている訳ではく、検出音を耳で聞いていてもそれほどおかしくないのに、計数率だけが過大となることがしばしばあった。ただ、印加電圧を下げるとその現象は消えたので、測定の際は印加電圧を上げ過ぎないようにして行った。この現象は、検出パルスをオシロスコープで観察するまでの謎だった。実は、オシロスコープを導入する前にも、パルス波高を図る試みをしていた。つまり、AD変換によってパルスの大小を測る試みである。その際に、パルス波高には大小のあることが分かった。


GM管では、パルス波高は飽和していると教科書には書いてあるので、パルス波高は、当然、一定のものという思い込みがあった。飽和といってもパルス波高にはある幅の分布があってもおかしくない。ところが、ときどき桁外れに大きいパルスを観測していた。そのとき、直感的にこれは測っている線源とは別の宇宙線ではないか、と思うようになった。とすれば、GM管の構造を変えずに、放射線のエネルギーを知ることができるのではないか、と考えて、いろいろな実験に取り組むこととなった。当然、ガス電離を検出原理とする測定器は、GM管のほかにも、電離箱とか比例計数管とかがあって、これらはエネルギー分析ができる。印加電圧を下げていけば、構造はGM管でもこれらの領域に達する可能性があるはずなので、おかしな話ではない。しかし、印加電圧を下げれば、パルス波高も低下するので、電圧増幅が必要になる。問題は、増幅器つまりプリアンプで、いろいろと試作したが、増幅率をどの程度にすればいいのかが分からなかった。結局、オシロスコープを導入することで、研究は前進した。


オシロスコープで検出パルスを観測すると、冒頭に述べた不思議な現象の本質が分かった。それは、1個の放射線の入射に対して、複数のパルスが観測されたことだった。1個の入射に対して、1個もあれば、2個、3個もある。もっと多いものもある。その複数パルスが増えるのは、印加電圧を上げた時なので、1個の入射に対して1個のパルスを得るには、単に印加電圧を下げればいいことも分かった。つまり、単純にパルスを数えると、複数パルスをカウントすることになるので、1個の入射に対して、1個のカウントという本来の目的には合致しなくなる。印加電圧を下げる方法はあるが、その場合は計数率が低下してしまう。どうすれば、1個の入射に対するはずの複数パルスを1個と数えるかが問題となる。これは計数処理の問題なので、マイコンのプログラムを工夫すれば解決できると考えて、その課題に取り組んだ。


複数パルスの発生機構は分からなくても、複数パルスの出るパターンを分析すれば、解決できるのではないかと考えて、各パルスの波高と時間間隔を調べてみた。多くは最初のパルスが最大波高なので、ディスクリミネーションである程度解決できる。しかし、必ずしも最初のパルスが最大波高でないケースも少なくない。むしろ、時間間隔で最初のパルスの後にできるパルスを排除できないかと考えた。厳密ではないが、最初のパルスとその後のパルスの時間間隔はほぼ1msec以内であった。複数パルスで2個以上の場合でも、各パルスの時間間隔は同程度であった。そこで、マイコンのプログラムを工夫して、最初の入力後の1msec以内の後続パルスは継続的にカウントしないようにしてこの問題は解決した。現在の検出器にはこの機能を持たせてある。ただし、厳密に言えば1msec以内の異なる2個目の入射も排除することになるので、その場合は数え落としとなるが、そもそも教育用測定器は計数率の低い線源で実験しているので、その可能性は低いと考えている。


もう一つの問題は、高電圧電源の発振ノイズの除去という課題である。発振周波数は約40kHzで人間には聞こえないが、オシロスコープや計数回路でははっきりと観測される。波形を目で見れば違いは歴然だが、検出回路でこのノイズを排除する必要がある。放射線の検出パルスはノイズに載っているので、最低限、ディスクリミネーションで切り捨てることができる。実際、自作の計数表示装置がついた計測器ではその方法を取っている。もう一つの方法は、コンデンサーを並列接続することによって、パルス波形を積分処理することで、高電圧電源の発振ノイズが減衰する。しかし、この方法では放射線パルスの波形も影響を受けて、パルス波高が低下するので、コンデンサーの容量の最適化が必要になる。経験的には、220nF程度が適当ではないかと考えている。他方、パソコンやタブレットを計数表示器として利用する場合は音声信号としてアナログ回路で処理されているので、可聴域を超える周波数領域として排除されている。したがって、パソコンやタブレットのマイク入力を利用する場合は、高電圧電源の発振ノイズは問題とならない。


元に戻って放射線パルスの大小について


放射線教育において、もっとも悩ましい問題は、放射線とはという問いに対する答え方である。多くは、放射線とは高エネルギーの粒子または電磁波、と答える。電磁波が出てくるので、わざわざ周波数領域で、電波、可視光線、紫外線、X線、γ線と説明していく必要がある。これでは、わざわざ分かりにくくしているように思う。少なくとも高校生のレベルでは、多少乱暴でも、端的に、放射線とは高エネルギーの粒である、と教えて、電磁波の場合は、粒子性が顕著になる場合である、とすれば、イメージが掴みやすいと考えている。つまり、量子力学的な粒子性とエネルギーが放射線の本質であるが、エネルギーについてはこれまで授業などでうまく伝えることができなかった。適当なツールがないためである。「はかるくん」には、エネルギー分析装置が用意されていたが、測定に時間がかかりすぎて、せいぜい長時間の測定結果を講義で示すことしかできなかった。もし、GM管でエネルギー分析ができれば、比較的短時間でスペクトルが取れるので、授業でも使えるのではないか、と考えた。


結論を言うと、これはもの知らずの考えで、なかなか実行は難しいということだった。要するに、一般的な授業で使える放射線源は身近な放射線源なので、ほぼβ線γ線に限られる。GM管はγ線に対して感度が極めて低いので、β線だけが対象となる。そこで、β線はエネルギー分析に使えるのか、ということになる。β線は、親核種から放出される際にニュートリノを同時に放出してエネルギーを持ち出すので、β線のエネルギーは最大値からゼロに向かって山形の分布を持つことになって単一エネルギーではない。分布の最高値は、最大エネルギーの約1/3と言われているが、分布のある場合にパルス波高分布がどのように表現されるかが分からなかった。パルス波高分布と放射線のエネルギーの関係を明瞭に示せないと、授業での説明ができない。


では、α線ならどうか。これも単純ではない。確かに、α線のエネルギーは決まっているが、検出器の外に線源を置いた場合は、GM管の例でいうと、端窓でエネルギーを失うばかりか、内部が大気圧のブタン+空気なので、徐々にエネルギーを失って、現在の管長の約5cmではエネルギーがゼロになる。とすると、もはや一定のエネルギーではなく分布ができてしまう。さらに、身近なα線源はラドン220くらいしかなく、半減期が短いので計数が多くならない。


GM管の構造で比例計数領域を探した


GM管と比例計数管の違いは電子増倍率の大小にある。どれだけ多くの電子なだれを作るかの指標で、GM管と比例計数管では2桁以上も違う。したがって、GM管を制限比例領域で利用するとしても、パルス波高が約2桁低くなるので、プリアンプを入れて増幅する必要がある。プリアンプは簡単なものでもよくて自作可能だが、どれほどの増幅率が必要なのか分からなかった。また、信号のレベルが低くなると高電圧電源からのノイズが邪魔をするので、その対策が必要になる。この2点は相互に関係して一種のいたちごっことなった。


最終的には、プリアンプの増幅率は10倍とし、GM管からの入力抵抗にバーニアダイアル式精密可変抵抗を使用してアッテネーターとして利用し、両方を使うことで幅広い入力レベルに対応できた。また、高電圧電源のノイズ対策としては、高抵抗とコンデンサーを組み合わせてローパスフィルターを構成し、ノイズレベルをある程度制限することができた。それでも、ノイズレベルと目的とするパルス波高分布のピークが近く、区別が難しかった。


次の図は、市販のGM管(LND社製タイプ723)を用いて測定した結果で、初期的な装置ではあるが、得られた印加電圧とパルス波高分布のピークの関係で、ピーク位置はチャンネルで表したものである。チャンネルは、パルス波高の最大値の電圧を意味するが、最大値を1024チャンネルとして表示している。そのチャンネルを、プリアンプの増幅率で補正して表示した。

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次の図は、市販のパンケーキ型GM管(LND社製タイプ7313)でモナザイト+カオリンを線源に、改良を重ねた後の装置で測定した、印加電圧とパルス波高分布のピークチャンネルの関係を表す。

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タイプ723とタイプ7313の推奨印加電圧は、それぞれ1000Vと500Vなので、GM管領域から2桁ほど下がった比例計数領域の始まりは、それぞれ540V(推奨電圧の54%)と330V(推奨電圧の66%)あたりと考えられる。


印加電圧を下げながら、パルス波高分布の推移をみると、GM管領域では高チャンネル側に単独のピークを持つが、印加電圧の低下とともにGMモードのピークは低チャンネル側にシフトするとともに波高が低下し、低チャンネル側に比例ピークが出現するダブルピークの状態になる。さらに印加電圧を下げるとGMピークは消滅し、比例ピークが単独で現れるようになる。その様子を示したのが、次の図で、

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タイプ7313の場合、337Vでは200ch付近に比例ピークがあるほか、600chから800chにかけてGMモードのピークがかすかに残っていてダブルピークの状態にあるが、334Vでは100ch付近の比例ピークだけが単独で現れている。


性能が担保されている市販のGM管を使用して、比例計数領域を探ってみたが、結果として見つけることができた。ちなみに、これらで使用した身近な放射線源は塩化カリウムである。β線源であるが、前述のようにエネルギー分布を持つにもかかわらず、かなりシャープな比例ピークが得られることが分かった。では、このピークはどのエネルギーに対応するのだろうか。それはまだ分からない。他の放射線源と比較すれば、エネルギーの違いを定量的に見つけられるかもしれないが、身近な放射線源ではβ線源は塩化カリウムしかない。以前は、蛍光灯のグローランプには、プロメチウム147が使用されていて、これは貴重なβ線源だったが、現在は入手できない。


ついでに、おもしろい現象を紹介する。比例計数管では、計数率の大小でピークがシフトすることが知られているが、計数率の小さい方が高エネルギー側にシフトする。逆ならばいろいろな原因仮説がありうるが、この現象を説明できる仮説はないという。最初は、単純に、計数率が多いと電源電圧が降下して、パルス波高が低下するという仮説を立てたが、自作装置のようなレギュレーションの貧弱な装置ならいざしらず、本格的な装置であれば電圧の変動はほとんどないそうだ。理由は分からないが、その現象は把握できた。次の図に、塩化カリウムの量を、15gと100gとで、比例ピークのシフトを観察した結果を示す。

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なお、この現象があるので、異なる放射線源を単純に比較してエネルギー校正をするという方法は難しく、少なくとも計数率を揃えないと正しい結果はえられない。


ここまでは、いわば失敗談だが、負け惜しみで言えば、放射線源としていわゆるチェッキングソースを使えば結論が示せたのかもしれない。基本的に学校で気軽に使用できる身近な放射線源の範囲では限界があったということである。


ところが、その制約の中で、エネルギーとピークチャンネルがほぼ比例する結果を、ある放射線源で示すことができた。その話はこの次に。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)