教育用GM管開発を振り返って(5)

今回は放射線教育の新しい動きに関連する話しです。表題とは離れた話しが続きますが、最後は表題に戻りますので、ご一読ください。


新学習指導要領に沿った動き


これまでは、中学二年の理科で、原子力エネルギー利用に関連して「放射線にも触れること」とされてきたのが、学校における放射線教育の根拠となっていた。新学習指導要領では、それに加えて、クルックス管などの真空放電の観察に関連して「X線についても触れる」として、他の放射線の存在や利用について触れることになった。クルックス管では、陰極線すなわち電子ビームが管壁に当たって緑色に輝くのを観察する。覚えている方も多いと思う。クルックス管はレントゲンがX線を発見する切っ掛けとなった装置と同様の装置で、電子の加速に1万ボルト以上の高電圧をかける。インダクションコイルの放電電極が、ばりばりと音を立てて放電するのを覚えているだろうか。放電中のクルックス管は、微弱ながらX線を出す人工の放射線源ともいえる。人工放射線については、X線のほかにも、電子線や重イオン線があり、レントゲン検査や空港での手荷物検査などのなじみのある利用のほかにも医療や産業に広く利用されている。放射線照射を利用していることを表示する必要はないので、意外と身近な製品が工場などで電子線照射を受けていたりするが、放射線は一過性で残留することはなく問題はない。


そこで、クルックス管の観察はこれまで通りとしても、付随する微弱X線を活用した授業が可能になり、そのプログラム開発が急務となった。実際にクルックス管から出るX線を計測しようとすると、高電圧電源やクルックス管自体の放電がノイズとなって計測器の測定を妨害する。GM管はX線も測定できるが、放電を利用するタイプなので影響を受けやすい。半導体を検出器として使用する計測器も電子回路が影響を受ける。微弱X線なので近づかないと測定できないが、クルックス管に接近して使用するとますます影響を受けやすい。従来からある教育用放射線測定器では正確な測定は難しいことが分かった。


他にも、計数ができたとして、X線源を活用してどのようなカリキュラムがあるかも検討する必要がある。これまでのような、距離の実験とか、遮へいの実験をどうすればよいのか、検討を始めた。


そのために開発した高電圧電源がある。クルックス管はさすがに購入せざるを得ないが、高電圧なら経験もあるし、クルックス管なら電源の容量も大きくない。ただ、電圧だけがこれまでの2倍以上必要になる。目を付けたのは、14000Vを出力する高電圧発生器で、教材として科学技術館売店で売っていた。1.5Vの単三電池で14000Vを間欠的ではあるが出力できる。試してみると、数秒に1回程度はクルックス管を光らせることができた。駆動電圧を上げるとどうなるかを試そうと、当然、自己責任だが、3V、4,5Vと上げてみた。6Vでは、さすがに放電リークがあって、使えそうにない。分かったのは、駆動電圧を上げると、高電圧の上昇は駆動電圧の比まではいかない多少上昇する。それよりも目に見える効果は放電の繰り返しが早くなることだった。早くなればクルックス管の見た目の明るさは増す。駆動電圧を上げると、装置の寿命が短くなることもあり、4.5Vで駆動する装置を作り上げた。一般的なインダクションコイルはアースを取るのが原則となっているが、この装置ではどうするか悩んだ。単三電池3本で駆動するので、商用電源に接続する必要はないが、高電圧の両端子がどんな電位になっているのか気になったが、測定する手段はない。どう考えたかは覚えていないが結論を言うと、フリーな状態では一端がプラス、他端はマイナスの高電位になっていると判断した。つまり、片側をアースすると他端がプラスまたはマイナス17000Vになるが、アースをしないと、片側はマイナス8500V、他端はプラス8500Vになっていると思われる。このことは、アースをしないで使用すると金属部分に触れると電撃を受けるということを意味する。ただし、経験的にはケーブルの被覆や電池ケースに触れても問題はなかった。


このことを手掛かりに、この装置を直列に接続すると2倍の高電圧が得られるのではないかと考えて、実験してみると2倍まではならないが大幅に電圧が上昇することが分かった。ただし、3段ではうまく行かなかった。高電圧発生の周期が合わなとダメということらしい。そこで、最初は、単段と2段を切り替えられる高電圧電源を試作した。苦労して放電電極を設けて、スパークギャップを調節できるようにした。単段と2段の切り替えは、電池ボックスのスイッチで行い、片方ONなら単段、両方ONなら2段になる。一応、絶縁物の上において、電撃を避けるようにして使用しているが、問題はない。その後、単段の高電圧電源を作って、2段にしたい場合は、2台の電極間で直列接続するようにした。その結果、極めてコンパクトな高電圧電源ができた。スパークギャップで図ると、単段で17mm程度、2段直列で25mm程度にはなっている。換算すると、それぞれ17kVと25kV程度と考えられる。単三電池3本のスイッチ付き電池ボックスは外部にあるので、要すればケーブルを長くして、装置から離れて操作することもできる。高電圧が怖い向きにはよいかもしれない。


ウエブカメラを検出器にする


パソコンで使用するUSB接続のウエブカメラはテレビ会議やリモートワークで使用されるが、ウエブカメラは光ばかりでなく低エネルギーのX線を検出できる。そのことは、簡単に確認できる。そのためにウエブカメラを改造する必要はない。単に、遮光のためにレンズの前に黒いビニールテープを貼り付け、電気的な保護のためにアルミシートを巻いておくだけでよい。クルックス管を放電させて、ネックと反対側の丸みを帯びた端面の近くにウエブカメラを近づけて、パソコンのカメラソフトで観察できる。ただし、点は小さく、スナップ写真では分からないので、動画で撮影するとちらちらする輝点が見えるが、よほど注意深く見ないと分からないかもしれない。これまでは、放射線の可視化といえば霧箱が定番だったが、今後はクルックス管とウエブカメラの組み合わせが新しい手段として使われるようになるだろう。何しろ、ほとんど準備作業はなく、その気になれば先生方でも気楽に試すことができるから。

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最初の改良点は、極めて小さい輝点を大きく見せられないか、ということだった。そこで、Pythonの活用を思い付き、調べてみるとOpenCVというウエブカメラの画像処理に適したライブラリーがあることが分かった。チュートリアルや先行例も豊富に公開されていて、画像の二値化としきい値処理を組み合わせればよいことも分かった。画像を二値化つまりカラー画像をモノクロ画像に変換して輝点の周囲を強調するという処理である。1回のサンプリングは動画の1/30秒なので、検出数が少ない。そこで、画像の加算によって輝点を蓄積したあとで、しきい値処理をして画像を表示するというプログラムをPythonで作成した。その結果、学校の授業でも放射線の可視化が簡単な手段で実現できることが分かった。写真の蓄積時間は3分で、短時間に画像を得ることができるし、増えていく経過を見ることもできる。

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Pythonは簡単に扱えるので、高校生程度なら好みのようにカスタマイズもできる。


画像をみると輝点に大小があるように見える。輝点が1画素なのか数画素なのかを調べるために、とりあえず全画素の輝度を調べて画素のサイズに合わせた行列として出力し、その結果をExcelグラフで見ると、おおむね輝点1個は1画素に対応していることが分かった。2画素、3画素のケースはあるかないかで、極めて少ない。2画素、3画素の重複カウントは問題ないことが分かった。


ウエブカメラでX線を計数するPythonプログラムも作成した。前述のように、クルックス管自体や高電圧電源の放電ノイズがGM管や半導体検出器の電子回路に影響を与え、正確な計数ができない。ウエブカメラも電子回路だが、アルミフォイルで電気的シールドをしているためか、影響はないようだ。また、ウエブカメラで計数実験ができれば、授業での応用範囲が広がる利点もある。その方法は、毎秒30コマの動画から0.1秒ごとのシーンを10秒間加算し、画素ごとの輝度を測定して、しきい値以上の画素をカウントする。その計数を10/3秒毎の計数率として6回反復して出力する。分かりにくいようだが、計数率は10秒率になっている。このプログラムは、距離の実験や遮へいの実験に使うことができる。ただし、距離の実験には、クルックス管の端面の前に直径6mm程度の円孔を開けた鉛板でコリメートする必要がある。コリメートがないと点線源の仮定に合わなくなる。また、遮へいの実験では、X線の場合、β線のような密度依存性ではなく、原子番号依存性が現れるので面白い。原子番号の大きい材質の方が減衰は大きい。このことが、レントゲン検査において、組織と骨を識別できる利点になっている。試しに、乾燥肉とチョークとを比較すると実感できる。


Visual Basic 6のプログラムPython


www.radi-edu.jp

以下の各項目は、「らでぃ」の実験集に掲載したので、詳しくはそちらを参照されたい。Pythonプログラムも例として掲載した。


パソコンやタブレットを計数・表示装置として使用するVisual Basic 6のプログラムは著作権の問題が気になって公表しにくい。そこで、同等の機能をPythonで実現する取り組みを始めた。音声信号のデジタル化なので、PyAudioというライブラリーを使用した。連続してサンプリングするので、ストリーミング機能を使用する。一定のチャンクごとに音声の波形をバッファーに取り込み、ステレオの2チャンネルで波高をリストとして記録する機能である。Pythonのルールによって、リストをアレイに変えて以降の処理をする。バイトデータを整数に変換すれば、Python特有の部分を抜けるので、後は数値演算を行って、音声信号の波形分布をファイルに記録する。計数のディスクリミネーションのために、最大値を記録、表示した。音声信号はオシロスコープのように波形として表示するために、Matplotlibというライブラリーを使用した。一例では0.12秒分の波形を次々と画面に表示する。Visial Basic 6と同等の機能がPythonで実現できた。


次は、10秒毎の計数率を6倍してCPMとして画面に表示するPythonプログラム。ディスクリミネーションが必要で、最初にしきい値を入力することにしてあるので、前もって前述の波形表示+最大値出力のプログラムを動かして、しきい値を見積もっておく必要がある。


その次は、1秒率で測定して、経時変化をグラフ化するPythonプログラム。パルス波形をモニターしながら、1秒率の経時変化を表示するプログラムで、主にラドン220の半減期の測定に使用する目的で製作した。したがって、最大時間は600秒、10分となっている。


さらに次は、パルス波高分布をグラフ表示するPythonプログラム。パルスの立ち上がりをトリガーして時間とパルス波高を順次記録し、立ち下がるとパルス波高の最大値をリストに書き込む仕組み。パルス波高の最大値を1000chに換算し、パルス波高(ch)ごとの計数値を記録して、csvファイルに出力するとともに、原波形のモニターとパルス波高分布がグラフに表示される。


コマンドラインで使用するPythonプログラムの宿命で別々のプログラムとなったが、結果として、Visual Basic 6のプログラムと同等の機能がPythonで実現できた。


大気圧GM管でX線のエネルギー分析に挑戦


最後にタイトルに戻って、GM管でエネルギー分析ができそうだ、という話で締めくくる。まず、GM管にはステンレスメッシュの茶こしを被せて電気的なシールドとし、クルックス管からのノイズをカットできた。次に、オシロスコープGM管の出力を観察して、クルックス管の高電圧電源の波形が正負に変動する両極性であることが分かった。次に、遅れて正のパルスが観測され、このパルスは厚さ0.5mmの鉛板で遮へいされることから、X線のパルスと考えた。正負のパルスからX線のパルスまでは約100msecの遅れがあることから、負のパルスをトリガーとして、パソコンで100msecの遅延処理をしてパルス波高分析を行った。


その結果、低チャンネル側に比例ピークが現れ、クルックス管を単段で駆動したときと2段で駆動したときでは、やや離れた位置に出ている。なお、高チャンネル側はGMモードのピークで、中間はノイズと思われる。単段の約17kVに対して2段で25kVなのでエネルギーの比は1.5。それに対してX線のピークのチャンネル比は約1.4と極めて近い結果となった。


詳細は、「らでぃ」実験集に載せた。まだ、ベストコンディションのデータなので、確実とは言えないが、エネルギー分析という目標がクルックス管で達成されたように思う。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)