余談(2)

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ココログ「科学館員の独り言」に載せた[番外編]我が家のコウモリ”フン”戦記をダイジェストで紹介する。まったく個人的な話しだが、コウモリの生態については分からないことも多く、とくに家の屋根裏に住み着いたケースの詳細な観察記録は見当たらない。面白いかどうかは皆さんで判断してください。


序章


2008年の暮れにかけて、築25年が目前の我が家のリフォーム工事をする羽目になった。そのきっかけは、梅雨明けの頃、10分間雨量で10数mmという豪雨があって、我が家でも雨漏りの被害が出たこと。それが屋根の雨漏り修理に止まらず、いつのまにか屋根を軽くして耐震性を改善したい、内外装の劣化を回復することでの耐震性の確保へと話が広がって、大工事になってしまった。


実は、以前から屋根や壁に手を付けるなら、やりたいことが別にもあった。それは、我が家のコウモリ対策だった。リフォーム工事をやったお蔭で、屋根や壁を壊さないと分からない、イエコウモリの生態の一端を知る機会となった。折角の経験なので、その顛末をご紹介したい。


我が家は千葉県市川市の北東部にあり、都心から約30分という便利な立地ながら、周辺には市街化調整区域が広がって、近くの調整池では、マガモや、カルガモ、カワウ、コサギアオサギ、バン、オオバンカイツブリなどを見ることができる。冬には、ユリカモメや、コガモオナガガモヨシガモなども加わって賑やかになる。季節によってはカワセミも顔を見せ、望遠カメラが並ぶ風景もしばしば見られる。夏はツバメが飛来する。


ツバメは、夕方、ねぐらとなる葦原に集まる習性があり、ねぐらに入る前には、集団で空を乱舞する。日が暮れ始めて、あたりが暗くなるころ、次々と葦原に下りて、ねぐらに入る。その頃、代わって空を飛び始めるものがいる。最初はツバメにしては飛び方が変だし、何だろうと思っていたが、それがコウモリだと知った。この辺ではユスリカをたくさん見る。11月でも、暖かい日が続くと蚊柱が立つ。ツバメやコウモリの餌になるユスリカがとくに多いのかもしれない。また、この辺は瓦屋根でモルタル塗り壁の従来工法の家屋が多く、コウモリが棲む場所を得やすい可能性もある。コウモリは以前からいたのかもしれないが、我が家で夜中に壁や天井裏で物音がするようになったのは、この頃からだった。


我が家の屋根も、寄せ棟造りの瓦屋根で、洋風のS字瓦が載っていた。S字瓦の一部は内径が10cmほどの半円形の空洞になっている。瓦の軒側の端部は「面戸」というプラスチック板でふさがれているが、施工が悪かったり、瓦がずれていたりすると、瓦の空洞の中に入り込むことができるので、我が家の軒先はスズメには格好の巣場所となっていた。さらに、これもいつからか、止めてある車の屋根や、軒下の特定の部分に小さな黒いフンが目に付くようになった。ネズミのフンよりは小さく、鳥のフンとも違う。実はそれがコウモリのフンだった。夕方、意識して空を見上げると、相当な数のコウモリが飛び交っていて、我が家でも何度か、開いた窓から侵入されたことがある。そこで、我が家の例の安眠妨害も、フン害も、コウモリが原因かもしれないと思ってネットで調べると、「コウモリは、1.5cmの隙間があれば入る。」とあるが、S字瓦の下ならばともかく、屋根裏に入れそうな隙間は見当たらなかった。


雨漏りの後、漏洩場所を特定するために屋根裏を点検したついでに、屋根裏にコウモリがいる形跡がないか調べてみた。天井裏の断熱材の上を点検すると、たった1ヶ所だけ、数個のフンが見付かった。念のため、何ヶ所か断熱材の下をのぞいてみたが、形跡はない。このことから、少なくともコウモリが屋根裏に侵入したことはあるが、棲息はしていないと判断できた。ただ、屋根裏は低く、外壁と内壁の間の部分までは点検できない。以前から、夜中にガサガサと物音がするのは、外壁に面した押入れの壁と、天袋の天井、隣接する京壁の上部で、いずれも壁の中と思われた。室内側から壁をドンドンと叩いても、ネズミと違って、すぐに静かにならないのが不思議だった。しばらくガサガサという音が続き、そのうちに静かになる。最初に疑ったのは、軒先の鳥の巣です。鳥が音を立てているのかもしれないと思ったが、夜中の2時、3時ではやや不自然だ。


10月になってリフォーム工事の内容が固まり、着工は10月末と決まった。コウモリ対策も特記事項として工事内容に記載されていた。しかし、水周りの内部工事から始まるので、屋根工事は11月中旬から。そこで気になったのは、コウモリの冬眠期間だった。ネットでは、11月中旬から3月中下旬までは冬眠するという話なので、屋根工事が完了すると屋根裏には決して入れなくなる。コウモリをすべて追い出してからでないと、逆に閉じ込めてしまうことになる。工事が始まっても、冬眠中であれば、出て行かないかもしれない、いや、危険を感じたら、冬眠中でも逃げるだろう、とか、議論をしたが、結論は出なかった。そこで、先ずは、我が家にコウモリが棲みついているとすれば、何匹いて、出入口はどこなのかを探ることした。


コウモリを探索


出入口の見当は付いていた。例のフンがよく見付かるのが、北側の屋根の両端部でケラバと呼ばれる部分の真下だった。ケラバは屋根の端部にあって、他の瓦とは違って下向きに折れている。下の写真の下屋根の端部がケラバで、ケラバでは瓦の一部が重なって、瓦1枚ごとに、瓦の厚さ(約2cm)×瓦が重ならない部分の長さ(約20cm)の三角形の隙間が下方に開いている。

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ケラバは北側に2ヶ所あって、東側の真下の地面と、西側の真下に当たる1階の屋根の上にフンがあった。さらに、この北側の出っ張りは、物音がした1間半の押入れ+物入れと天袋の部分に一致する。結局、日没後、屋根が見通せる道路に出て、カウンターを片手に目視で数えることにした。


観察の1例をあげると、北東部のケラバでは、10月9日には17:30以降、暗くなるまでに14匹をカウントし、うち数匹はケラバではない屋根の軒先から飛び立っていた。10月11日には同様に20匹をカウントし、うち2匹はケラバに続く大屋根の軒先から、1匹は手前の大屋根の軒先から飛び立った。ケラバは3枚の瓦で構成されていて、それぞれの隙間から、5分ほどの短時間に10数匹が次々と飛び出して行った。暗くなりかけた空を見上げていると、隣の家の屋根からも出て行くのが見え、近隣の家にもコウモリが棲息していることが分かる。ケラバには、瓦の重なりに応じた隙間があるので、コウモリが出入しても意外ではないが、大屋根の軒先からも飛び立ったのは想定外だった。


屋根工事が始まった


内装工事がやや遅れ、予定より遅れて屋根工事が始まったのは11月中旬で、まだ、暖かい日の夕方には、コウモリの飛ぶ姿が見られた。しかし、1階の屋根から始まって、2階の大屋根の工事が始まる頃には、急に寒くなってコウモリも飛ばなくなっていたようだ。大屋根の瓦の撤去中に、瓦の下の土の中からコウモリが1匹飛び出したとのことで、結局、瓦の下にいたのはこの1匹だけだったが、北側の屋根の出っ張り部分では、瓦の下から大量のフンが出てきた。ちょうど、コウモリが出て行くのを観察した北東側のケラバだった。しかも、ケラバの空洞に止まらず、桟木に沿って横に広がっていた。


横に広がるのは不可解だったが、よく見ると、S字瓦は野地板に張った防水ルーフィングに接しているわけではなく、桟木の高さだけ浮いていることが分かった。桟木の高さは1.5cmあるので、それだけの隙間があれば、コウモリが入り込めるのは納得できる。フンの量は入口から遠いほど減っていて、水が浸入する場所ではないので、フンは不潔感もなく、そのままの形状を止めていた。どれくらいの期間の蓄積なのかは分らないが、量としては建築廃材用のゴミ袋に2、3袋もあった。


この段階では、屋根裏への侵入口は見付からず、屋根裏への侵入は無理ではないかと考えていたが、念のために野地板の一部を剥してみると、そこにも大量のフンが見付かった。


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よく見ると、我が家では軒先の破風板が傾斜しているため、ケラバでもその延長で破風板が傾斜していて、ケラバで野地板を打ち付けてある垂木と、その破風板の間に、手先が入るほどの幅で約半間の長さに楔形の隙間が見付かった。


押入れと天袋と物入れを解体


それからが大変だった。押入れの奥にコウモリがいる可能性があるので、屋根からの出入ができなくなる前にそのコウモリを救出するために、急遽、北側の屋根の出っ張り部分にある、押入れ+物入れと天袋を解体して、復旧することにした。追加工事の着工は12月上旬で、既にコウモリの冬眠時期だが、冬眠中でもコウモリが目を覚ますことを期待して、解体を始めた。


押入れの内壁を剥すと、やはりフンがあった。外壁と内壁の約10cmの間で、厚さ5cmの断熱材のない空間を通って、押入れの下部まで到達したようだ。
 

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断熱材を剥すと、外壁の内面には板が横方向にスノコ状に張ってあって、その板の上端や斜めの筋交いにはフンが積もっていた。ところどころ、フンが富士山のように盛り上がっていて、そこでは同じ場所で繰り返してフンをしていたようだ。天袋の天井裏も、側面の壁の中も状況は同じだった。天袋の天井裏だけは、なぜか断熱材がなく、コウモリは自由に行き来できたようで、その空間を経由して、上部が露出している外壁と内壁の間に入り込んだと思われる。


結局、初日の押入れの解体中には、コウモリは出てこなかった。出てきたのはゴキブリが3匹だけ。拍子抜けして、コウモリは既に退散したと安易に判断したのも当然。ところが、初日には、押入れの解体に先立って、畳と建具をすべて運び出している。したがって、もしコウモリがいれば、2階の屋根裏から1階の天井裏までが出入自由で、戸のない部屋から出て、家中のどこにでも行ける状況が、まる2日間続いたことになる。しかし、こちらにはコウモリに対する警戒感はまったく残っていなかった。びっくりさせられたのは、2日目の夜のことだった。


2日目の夜、夕飯が終わってそろそろ寝ようとして2階に上がったとき、階段の正面に当たる2階の壁に真っ黒な物体が張り付いているのを見付けた。


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2階の壁は、貼り替えたばかりビニール・クロスで、表面には凹凸がある。よく写真で見る洞窟コウモリのように逆さまではなく、頭を上にして、両手(かな?)と両足の爪で、壁の凹凸をつかんでいるようだ。一見してコウモリと分かったが、さてどうするか。元のところに戻られても困るので、外に追い出そうと思って、先ず窓を開け放ち、ほうきと塵取りを持って、追い出しにかかった。追い出すつもりで、上から下にほうきで払えば飛んで逃げると思ってやってみると、そのまま、バッタリと下に落ちてしまった。ヒラヒラとではなく、バッタリと。廊下に落ちて、何やら鳴き声を立てていた。チーチーと言う感じだったが、悲鳴のようには聞こえず、何だか寝ぼけたような声だった。どうも壁に止まって寝ていたようで、起きてこない。仕方がないので、ほうきで掃いて塵取りに移し、そのまま、窓から外の仮設足場の上に置いてみた。仮設足場の上でも、逃げる様子はなく、椎茸の笠くらいの大きさで、丸く、ぺったんこになっていた。どうしようもないので、そのまま窓を閉めた。12月の中旬で外は寒く、大丈夫なのか気になるところだが、心配するほどのことはなく、翌朝、窓を開けてみるといなくなっていた。


結局、この時期にはコウモリは冬眠しているらしく、熟睡していた1匹が遅れて出てきたのではないか、と、そのときは考えた。3日目で押入れと天袋の復旧が終わり、2階の屋根裏との開口部はなくなった。これまでの経緯から見て、屋根裏にコウモリがいたとしても、既に逃げ出したか、逃げ出し損ねたにしても解体した部分にはいなかったので、どこか、屋根裏で別の外壁と内壁の間に逃げ込んでいる可能性はあるが、屋根裏以外にはもう出ることができない状況になっていた。まさか、2匹目がいるとは思いもしなかったが、いた。それも、まったく考えられないところに、潜んでいた。


押入れの解体・復旧を始めてから4日目の朝、既に押入れは復旧していて、京壁の塗り直しの前工程である京壁の剥しが予定されていた。朝食を終えて、コーヒーメーカーに水を入れようとしてシステム・キッチンのコックから水を流し出したとき、排水口の蓋の切込みからせり出してきた物体があった。小型の動物の頭と両手だった。キッチンなので、最初はネズミかと思ったが、両手の形が違うので、すぐにコウモリだと気が付いた。これには正直、驚いた。よりによって排水口の中とは。


あわてて手近に合ったゴミ袋を被せて、コウモリをゴミ袋の中にいれ、そのまま外に出て、近くの草むらに放してやった。しかし、水を被っていて、濡れネズミならぬ、濡れコウモリだったので、飛べないようだった。草にしがみついていて、しばらく見ていてもじっとしたままだった。結局、そのままにして家に戻った。


シンクの排水口は、直径が約11cm、深さが約13cmの円筒形で、排水口の蓋は、プラスチック製で、半分は平ら、半分は半球形にくぼんでいて、中央部に半円形で最大高さ約4cmの開口部があるタイプに変えていた。


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コウモリは、何とかせり出してきたものの、出ることはできなかったようで、シンクには朝から何度も水を流していたが、そのときまで気が付かなかった。多分、夜間に排水口に入り込んでいたが、コウモリの身長では排水口の底から立ち上がっても、蓋の口までは約9cmあって届かない。水に驚いて、パンチング孔を足がかりにして、あわててよじ登ってきたものの、頭を出すまでには時間がかかったということではないだろうか。また、プラスチックの蓋はつるつるしているので、爪でつかまることができず、飛ぶこともできずに、逃げ出すことができなかったものと思われる。排水口が一種のコウモリ・トラップとして機能したわけだ。後で見に行くと、草むらのコウモリはいなくなっていた。


以上、我が家のリフォーム工事で分かったイエコウモリの生態の一端を、ダイジェスト版で紹介した。より詳細は、ココログ「科学館員の独り言」に掲載してある。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)