未来を担う世代に

宇宙と死生観


我々は地球という環境の中にいる。もっと広げれば宇宙という環境の中にいる。我々は地球から生まれ、地球によって育った。我々の身体は原子でできている。その原子はどこから来たかというと、まぎれもなく地球から来たものだ。つまり、我々は地球の子なのだ。地球はどこから来たかと言えば、遠い昔に宇宙で輝いていた星が死んで、宇宙に散らばった塵が集まってできている。星の誕生と死は、幾度となく繰り返されて、今に至っている。


宇宙の始まりはビッグバンだった。何もない空間から突然、エネルギーが湧き出た。最初にあったのは、光(光子)だけ。言い換えれば、高エネルギーの放射線だけの宇宙だった。宇宙の膨張とともに温度が下がり、素粒子ができ、軽い原子ができ、星が誕生した。輝く星の中では、水素を燃料とする核融合反応が起こってヘリウムができ、水素が燃え尽きるとヘリウムが燃え出し、それを繰り返して最後は鉄に至る。もはや、星の重さを支えるだけの内部のエネルギー源が無くなると、星は死ぬ。星の最後はいろいろなタイプがあるが、もっとも派手なのが超新星爆発超新星爆発の中で、鉄よりも重い元素が作られ、塵となって宇宙にばらまかれる。その塵が集まって、また星が誕生する。宇宙でも、死と生が絶え間なく繰り返されている。輪廻という言葉があるが、宇宙の深淵もそこにある。


我々もまた、地球から生まれ、地球に帰る。人間だけでなくあらゆる地球上の生き物も同じ。これも輪廻。たとえ話をしよう。我々の身体は無数の細胞でできているが、共通の要素は水である。地球上の水は有限で、地球を循環している。我々もまた、水を摂取しては排泄している。ほぼ同じ量の水を身体は維持しているが、その水は常時入れ替わっている。分子レベルで考えれば、誰かが摂取した水の分子は、誰かが排泄した水の分子である。誰かは人間とも限らない。動物や植物、あるいは鉱物の可能性もある。水は体を通り抜けるのではなく、身体を構成した後に排泄される。ということは、誰かの身体のかつての一部が、我々の今の身体の一部になっているとも言える。そう考えれば、過去の偉人とも、ご先祖様とも、近所の隣人とも、あるいは世界中の人々とも、水を介してつながっていると言える。地球の水は、宇宙から来たらしい。宇宙とのつながり考えると、壮大な気分になる。


人類は、これまで科学技術で発展してきたと言われるが、科学技術に止まらず、あらゆる知識や文化、制度の蓄積で今日に至っている。その原動力は、人類の知恵と言うべきだろう。解決すべき課題を見つけ、普段の努力でそれらを克服してきた。障害があれば乗り越えたいという意欲が、それを支えてきた。意欲とは欲に他ならない。制御系では、行き過ぎを修正するフィードバックという機能が備わっているのが普通だ。しかし、人間にはフィードフォワードという厄介な機能がある。いわば欲の源だ。興奮して自分では制止できなくなるのが、それだ。ときには役に立つが、ときには問題を起こす。このフィードフォワードが人類の発展に寄与してきた。人類は飢えからの解放と、生活の豊かさを求めて発展してきた。大多数が農業従事者だった時代から、都市を中心に工業へ、商業へと分化を遂げてきた。食から生活へと目標が変化してきた。


昭和世代は、戦後の食糧難を克服し、モノづくり文化を推進してモノを使用することで生活を豊かにする方向に邁進してきた。衣食住が満たされてくると、余暇の利用や労働の軽減が新たな目標に加わり、娯楽産業やサービス業が隆盛を極めるに至っている。人間の欲は止めなく、十分豊かになった生活にも飽き足らなくなっている。モノも食も満ち足りた時代は、これからどこに向かうのだろう。格差社会とも言われる今日、持てる者が娯楽に明け暮れたあげくに滅亡した、かつてのギリシャの再現すら頭によぎる。皆が共通の夢を持ち、皆でその夢を実現していった時代は終わった。昭和世代は、終戦を機として、皆が同じスタートラインからスタートし、同じように豊かな中産階級になった世代と言える。高度成長後の停滞の時期を境にして、徐々に格差が広がった結果が今日の格差社会なのだろう。


世の中には解決すべき様々な課題を生じている。地球温暖化や先進国と発展途上国との関係もそう。これだけ課題が多ければ、やるべきことはいくらでもある。課題を解決するのが人類に備わった能力だとすれば、解決できないことはない。


これからの世代へ


生きて何をするか。子どもは、保育園や幼稚園、小学校、中学校、高等学校と学ぶことから始める。学びは、将来、何をするにも絶対に必要なプロセスだ。何故なら、人類がこれまでに獲得してきた膨大な知恵を授かることができる。自分で考えることができるようになるまでは、どうしても模倣が必要だ。「守破離」という言葉もある。自分で考えることの重要さは言うまでもないが、それは簡単にはできない。赤ん坊は大人を真似て育つ。学校はまさにその延長にある。人類の知恵も膨大になり、それもますます増えていくが、要らなくなった知恵もある。片方では捨てながら、片方では拾っていく、それが営々と続く。ゴールをどこに置くかによって、どの段階まで上がればよいかが決まる。


どの段階まで上がろうとするかは、個々人が自分で決めるものだ。必ずしも能力で決まるものでもない。そもそも、個人の能力など、簡単に判るものではない。だから、未熟な段階、早い段階で自分の能力を見限ってしまうのは避けたい。何かの能力が足りないと思ったら、足せばよいのだから。それは簡単ではないかもしれないが、不可能ではない。そこに必要なのは、やはり意思の力だろう。最初から諦めてはいけない。継続は力なりという。続ける気力と努力が必要だ。


異業種交流のセミナーで、講師に「気力を養うにはどうしたらよいか」と尋ねたら、その答えは、「歩くことです」だった。遠くまで歩くには、気力が必要だ。あながち、間違った答えではない。山登りに例えてみよう。ゴールは山の頂上。途中にはつらい山登りがある。起伏があるかもしれない。転落するかもしれない。風雨に襲われるかもしれない。しかし、ひたすら歩を進めれば、いつかは必ず頂上に立てる。努力を惜しまないこと。決してあきらめないこと。それが肝要だ。同じ仲間がいれば心強いかもしれない。が、頼りすぎてもいけない。仲間はときとしてライバルにもなりうる。基本は、やはり自分自身。自分一人でもできれば、これほど心強いものはない。自分を信じること。


別の側面から見てみよう。学校教育の目的は、一人前の大人を作ることに尽きる。自分で考えて判断できること、それが目標だ。ただ、実現は難しい。主観とは、一本やりだ。主観を押さえ、客観的に、俯瞰的に、広く、ときには精緻に見る態度が必要だ。と同時に、先を読むのも忘れてはいけない。短絡的にものごとを決めてはいけない。とくに昨今、刹那的、直感的、短絡的な反応が世の中には多いように思う。ソーシャルメディアがそれを助長しているような気もする。昔は手紙、少し前はメール、今はSNS。考える時間も、伝える内容もどんどん短くなってきている。それが心配だ。使うのには便利だが、それに振り回されないようしたい。


できるだけ早くゴールのイメージを持つようにしたい。少なくとも、中学生の間に、将来の目標を決めておきたい。漠然とでもいい。そうすれば、その目標達成のために何が必要か、今、何が欠けているかに気付くことができる。目標も定めずに漫然と過ごすのは怠惰だ。先に行ってからでも修正はできるが、先に行くほど修正に手間も時間もかかる。多様化の時代、無限の選択肢がある。解決すべき課題も多い。いくらでもやりたいことはあるはずだ。誰もやっていないことに手を出すのもいいだろう。自分で考え抜いて、判断すればいい。ただ、世のため、人のために役に立つという視点を忘れないでほしい。皆、地球の子なのだから。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

繰り言

発展なのか


発展という言葉は、内在的に肯定的な価値観を含んでいる。発展と言っても、長い目で見たときには実は退化だったということもある。軍事技術などはその例ではないだろうか。紛争は、人類が耕作を始め、土地の縄張り争いから始まった、と言われている。専制的政治には紛争が付き物だ。個人レベルでケンカをするのと同様に、国レベルで戦争をする。しかし、必ずしも専制君主や専権的指導者が主導しているとは限らない。歴史的に見ると、人民の側がそれを支持していたことが多い。人民の熱狂を、陰に陽に指導者は利用する。人民が望まないことは指導者にもできない。情報統制、プロパガンダフェイクニュースなどの、あらゆる手段で人民をその気にさせる。その潮流を、人民の側に立つべき、マスメディアが煽っていたことも歴史が証明している。


ともあれ、人類は科学技術や制度、政策によって発展を遂げた。しかし、これまでの成長一本やりの思想では、これからは立ち行かない。例えば、高度成長は公害を生み出した。公害は克服されたが、これからの課題の解決には、科学技術や制度、政策の生み出す負の側面を先読みすることが必要と考える。世の中の潮流は、往々にして問題点があるのを軽視する、あるいは意図的に無視する。例えば、モノを作るには、資源とエネルギーが必要だが、必ずその過程で、廃棄物や無駄が発生する。あるいは、製造の過程で有害な副産物ができる可能性もある。公害も後で問題になったように、最初から分かるとは限らないが、可能な限りすべてを想定しておく必要がある。


原子力開発は、最初から自然災害や廃棄物のことを考えてシステムを設計した。それでも事故は起こった。人間は都合の悪いことを考えたくない性質があり、都合よく考えたがる。判断は難しいかもしれないが、現状の知見では想定外でも、その兆候があると考えられれば、最低限の対策は考えておく必要があると思う。


世の中の潮流をマスメディアが左右することも多い。売れなければという、商業主義は仕方ないにしても、物ごとの良い面も悪い面も余さず伝えてほしい。また、それだけの矜持がなければ、マスメディアはただのアジテーターに堕落する。これまでも多くの例を見てきた。当然、マスメディアだけに罪を負わせるわけにはいかない。昨今は、ソーシャルメディアの影響も大きい。いずれにしても、受け取る側も賢く、吟味して受け取る必要がある。そのためにも、自分で考える教育は必要だ。フェイクニュースも騒がれる昨今は、余程の眼力がないと見分けがつかない。誰もがもっともっと賢くならないといけない。知識だけではなく、選別眼という総合的な判断体系を磨いておく必要がある。


人はそれぞれ考え方が違う。だから、お互いを摺り合わせるために、会話や議論が必要になる。相手への思いやりは、そのプロセスで生まれる。議論は優劣を決めるためのものではない。相手の考え方を知り、こちらの考え方を伝えるプロセスでもある。日本人の特性として、対立を避けたがる傾向があると言われる。議論は、往々にして対立を生む。対立は勝ち負けにつながりやすいが、妥協点を探るのも議論の役目だ。多数が正しいという保証はなく、お互いに納得のいくまで議論して、落としどころを探る必要がある。


発展と言えば、昨今は脱炭素社会実現に向けて、自動車のEV化や太陽光発電の加速が取りざたされているが、製造コストや性能ばかりが強調されているような気がする。リチウムバッテリーや太陽光パネルの資源獲得や製造から廃棄までの問題点を、エネルギー確保も含めて、つぶさに解説した記事は見たことがない。勉強が足りないのだろうかと疑ってしまう。国家間の思惑や、業界の期待は分かるが、世の中の潮流を煽るばかりでなく、冷静に物事を見つめることが肝要と思う。何事にも、良い面と悪い面がある。


SDG’sも流行のように見えるが、地球が閉鎖系であることを強調していることは間違いない。しかし、SDG’sは持続可能な成長を掲げていて、まだ成長を夢見ている。先進国と発展途上国の問題も、格差がある間は解決したことにはならない。閉鎖系の中で、全体が発展することが困難だとすれば、これはゼロサム問題になる。先進国が生活レベルを下げて、発展途上国の生活レベルを上げるしかない。SDG’sをビジネスチャンスと見て先進国が主導しているように見えるが、先進国に生活レベルを下げる覚悟はあるのだろうか。地球が資源とエネルギー源で破綻すれば、自然が持つ年間の再生産能力の範囲で、人も減り、自給自足の生活に戻るしかない。


皆さん、頑張ってください。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

回想

性格


生まれは北海道。札幌市の桑園というところ。父は五男二女の長男で、大家族で同居していた。終戦前はどこも同じだったらしい。北海道には曽祖父が祖父を連れて移住してきた。祖父は生活が苦しいために職業軍人の道を選び、軍馬を扱う輜重部隊として満州事変にも出兵している。その後は、大学で獣医学の講師をしていた。


父は大学受験に失敗し、高等商業に在学中に召集されてサハリンの国境警備に就き一旦復員したが、その後、再度、招集されて房総で首都防衛に就いて、そこで終戦を迎えている。父の兄弟はまだ若く、初孫というか初甥をおもちゃにしていたらしい。3歳ころにはドイツ語の「菩提樹」を教え込まれ、ちゃぶ台に載って歌っていたという話はよく聞かされた。


さいころから何にでも興味を持ち、古い百科事典が愛読書だった。分からないことがあると、「何で?」と聞いては周りを悩ませていたようだ。この習性は今でも変わらない。頬杖をついて百科事典を読むので、両肘にタコができ、畳屋の肘のようになっていたくらい。家にいるのが好きで、外で友達と遊んだ記憶はほとんどない。したがって、運動はからきしダメだった。父は、機械体操が得意で、スポーツマンタイプだったらしいが、脊髄カリエスを罹って、片方の肺の半分ともう片方の肺の1/3を切除する手術を受けている。その後は、さすがに運動はできなくなっていて、結局、父から運動を教わることは無かった。


大家族の中で育ったが、弟や妹が生まれてからは、もっぱら祖父母と一緒に寝起きして、実際はお爺ちゃん子だった。父が入院したころの結核は不治の病で、子供心にも不安を感じたのか、一人ぼっちになるかもしれないと思ったことがある。自分だけでも生きているようにという思いは、今に通じるものがある。何でも自分でやりたがるのは、悪い癖かもしれない。人に任せられない性格では、世の中では大成しない。


まだ、幼いころは市電に乗るときにも、満員電車で大人に埋もれ、恐怖を感じて乗れず、乗らないと言い張って家族を困らせた記憶がある。デパートに行っても人混みが怖くて、母に掴まっていた記憶もある。対人恐怖というか、その記憶は高校生のころまで残っている。多分、その性格なのだろう、小学校に入学した翌日のことをよく覚えている。母は父の看病があって、小学校の入学式は祖母に連れて行ってもらった。翌日、見知らぬ子供たちの中で、不安だったのだろうか。何を思ったのか、突然、教室の窓を開けて窓枠に載った記憶がある。学校から呼ばれ、祖母が来て連れ帰ったのを覚えている。特異な行動は他には記憶にないので、その後は収まったらしい。


桑園で小学校に通ったのは1年間だけで、その後は父の会社の社宅に移った。北海道大学が近く、父が大学病院に入院していたこともあって、北大にはよく遊びに行き、自分の庭のようなものだった。あるときは、友達と一緒にポプラ並木を進んで農場の牧舎まで行き、勝手に牧舎に入ってひどく怒られたこともあった。大学病院は野戦病院のようなありさまで、患者の身の回りの世話は家族が泊まり込みでするか、付き添いを頼んでいた。母は幼児がいたので付き添いを頼んでいた。父の会社の社長が渡米して、当時の最新医薬を従業員のために買い求め、治療に役立てていた。そのおかげで命拾いをしたと父から何度も聞かされた。


確か、小学3年生のとき、社会科の授業だったか、先生が「男と女とどちらが偉いか」と皆に尋ねたことがあった。「偉いか」だったかははっきり覚えていないが、そういう趣旨の問いかけだった。当然、男の子は「男」と言い、女の子は「女」と答える。その中で、「どっちでもない。両方だ。」と発言したところ、男の子からは裏切り者扱いされ、女の子からは変な人と思われたらしい。妥当な発言だったので、先生がその場はうまく収めてくれたが、自分が正しいと思うことは曲げずに主張する態度はこの頃からあったらしい。


話しはズレるが、この独善的とも言える性格が現れて周りを悩ませてきたのが、手書き文字。誰が書いたか、一目で判るとも言われた。下手かと言われると反論する。下手な字というのは、同じ字が同じに書けないのを言うと思っている。同じ字は同じに書いているので、特徴を掴めばむしろ判りやすい。〇〇〇フォントと言われた。他人の字を下手だという人は、自分が下手だから言うのだと勘ぐっている。言い訳がないでもないのは、たまたま、学校で習字を学ばなかった世代だったことがあるかもしれない。最近は、トメ、ハネ、ハライを過度に矯正する先生もいるらしいが、トメ、ハネ、ハライで、別の字になることはないと考えれば意味のないことと思う。また、一画は一画なので、カドがなく丸く書いてしまうのも〇〇〇フォントの特徴となっている。父も母も書道をやっていたので、別に手筋が悪いとは思えないが、これも性分なのだろう。その後の、ワープロやパソコンの普及によって、手書きがプリント出力に取って代わり、周りを困らせることはなくなった。ワープロは、東芝が出したポータブルワープロのルポを今でも残してあって、インクリボンも取説も整っている。


自然の中で


小学校高学年から中学2年生までは、日高郡静内町に住んだ。札幌からは汽車で2時間ほど。雄大日高山脈がそびえ、静内川が流れる牧歌的な町。父が勤務していた亜麻工場が静内川の河川敷にあって、社宅もその一角にあった。当時は北海道一円で亜麻が栽培されていて、米がとれないので換金作物としての価値があった。戦前から亜麻製品は南方用の軍服として需要があり、繊維業でも大手だった。亜麻工場では、亜麻を水に漬けておき、乾燥させてからムーラン(羽根車)で茎を落として繊維だけを取り出す。水に漬けた亜麻は悪臭を放つので、立地は限られていた。まわりは、アイヌ部落で、まだ、刺青をして、アツシを着る年寄りも多かった。河川敷には牧場もあって、馬や綿羊が放牧されていた。河川敷から出ると広い農地が広がっていて、いかにも北海道的な風景だった。別の言い方をすると、他には何もない。近くには店もなかった。町の中心部までは2kmほどなのでそれほど遠くはないが、未舗装の道路をトラックの土ぼこりを浴びながら歩くのは結構大変だった。バスはあるが、本数が少ないので歩いた方が断然早い。札幌という都会育ちからすると、静内は自然豊かで新鮮だった。


静内であったできごとで、印象に残っているのは、台風の増水で静内川の堤防が決壊し、工場が一面水浸しとなって、夜、膝まで水につかりながら唯一の避難場所であるボイラー室のボイラーの上に避難したこと。昼間になると、氾濫した川を風倒木が流れ、蛇がそれに絡まっていたこと、川近くの孵化場の住人がヘリコプターで救出されるのを見たことなど、自然の驚異を身にしみて感じた。その後片付けは大変だった。まだ、家具の少ない時代で、机とタンスくらいしかない。タンスはダメになったが、今ならば家具も多いので被害は甚大になる。もう一つは、オーロラを見たこと。そのときは、北の空が赤く染まるのを見て、皆、山火事かと思ったが、後で、それが北海道で見られた珍しいオーロラだったことが分かった。北天が薄い赤で染まるのは神秘的で、これも自然の驚異と感じた次第。


転校生は何かとちょっかいを出されるのが常である。とくに都会からくると、そううだ。すぐにちょっかいを出してくる同級生が隣にいて、よくケンカした。力では負けるが、強い味方がいていつも形成が不利になると助けてもらった。あるとき、授業中に我慢の限界を超え、取っ組み合いのケンカになったことがある。それ以来、二人が並んで座ることはなくなった。


小学4年生から卒業までは、担任は持ち上がりだった。引っ込み思案で、手も上げないのを見て、先生も何とかしたと思ったのだろう。当てられれば、正解はする。学級委員にさせられたこともあったが、統率力はおろか、発言力が全くないのですぐにお役御免になった。ただ、一度だけ、理科の授業でモーターを作ったことがある。そのときは、先生の助手としてコイルのまき直しや、不具合の修正などを手伝って、すっかり面目を施した。将来はエンジニアにというのは、当時の流行でもあったが、口下手で人見知りの性格から、人と付き合うことのない研究者になりたいと思うようになったのはこの頃からかもしれない。


中学校でも本領を発揮している。元々、勉強の反復練習(ドリル)が嫌いで、何で分かっているのにいちいち回答しないといけないのか、という思いがあった。中学1年生の頃、宿題を全く出さずにいた時期があった。担任の先生に呼ばれて、怒られるかと思ったが、そうではなく、なぜ宿題をやってこないのかと尋ねられた。分かり切っているから、と答えたかどうかは記憶にないが、結局は、先生に宿題の意義をこんこんと説教されて、その後は渋々従ったように覚えている。


同級生に神社の神主の息子がいた。学級委員をやらせても、弁舌さわやかで、統率力にも優れていたが、勉強の方はからきしダメだった。お互いをうらやましがったが、そんなものかもしれない。スーパーマンは滅多にいない。


眠れるライオン


このような性格でも、世の中では過度に自己主張することも、その勇気もなく、どちらかというとその場の流れに任せていた。負けるが勝ちというか、ここで譲っても何とでもなるという自信だけはあった。勝負事はしない、ケンカもしない、これは祖父の教えだったような気がする。勝負事をしないのは、勝てないからもあるが、むしろ勝つことの喜びがなく、時間の無駄とさえ思っていた。他で勝てばいいのだ。


人間には、自分でも分からない潜在能力がある。体験しないとその能力には気付かない。できないと思って逃げ回っていると、せっかくの機会を失ってしまう。そういう意味では、強制された方が開花は早いような気がする。


最初の機会は、研究所から出て、本社で技術者教育を担当したことだろうと思う。教育の企画だけでなく、進行役やコーチング、ときには講師まで勤めなければならない。受講者も、それほど多くはないところで、経験を積んだ。当然、先輩たちの真似をして。そのうちに、100人相手でも動じることはなくなってきた。と同時に、準備をすることや、それに必要な勉強をすることの重要性も学んだ。20分のスピーチなら、きっかり20分で起承転結を述べる技術も身についてきた。元より、同じ話を2度繰り返すのは嫌いで、原稿は作るが、原稿をそのまま暗唱するようなことはできなかった。教師にならなかったのも、同じ話を繰り返せないないからだったと思う。


その後、研究所には戻ったが、研究職ではなく管理職。役職定年間近には、今度は原子力広報という広報担当のリーダーに回された。研究所ではもう居場所がなかった。広報というと、人と話をして、しかも、どちらかというと説得するのが勤め。本来の性格からすると、真逆の世界だった。原子力広報は、本社広報部とは違って、電力業界に協力しつつメーカーはメーカーの立場を理解してもらう趣旨で、実際の製品を見てもらうことが主眼だった。初めて見る誰もがその巨大さに驚いた。


原子力広報の仕事はというと、工場の見学者を前に事業の説明をする、現場を案内して回る、あるいは、原子力発電所に案内をすることもある。実際、バスをチャーターして、ツアーコンダクター役をやったこともある。ここでは、いかに参加者を楽しませるかという技術を学んだ。できるだけ、良い印象を持って帰ってもらいたいから。ノベルティーの重要性も含めて。

人事権はないが、こと原子力広報ではやりたい放題だった。同業他社ともその頃は和気あいあいで、楽しめた。それぞれの会社のカラーも透けて見えた。多くは、企画部門か営業部門なので、現場ではない。こちらは、全部を受け持って、自ら額に汗して働く立場なのが大いに違った。逆に言えば、その方がすべて自分でできて楽しかった。最近は、どこでも専業化が進んで、トータルで判断したり、細部の業務に疎かったりするケースが多いように思う。自分にできないことを他人に指示することは不可能と思う。こと、技術職に関しては。つくづく、役所と付き合ってその感じを強く持つようになった。少なくとも、相当勉強したうえで、現場に出ないとできないはずだ。


いつの間にか、100人を超す人の前でも、それがどんなに偉い人たちでも、臆することが無くなった。慣れもあるのだろうが、やはり、眠っていた潜在能力が目を覚ましたと思っている。誰にでもその可能性はある。やってみなければ分からないし、できないからと言って簡単にあきらめることも、しないでほしい。この歳になってみると、これまでの経験はすべて無駄ではなかったと感じている。できるだけ多くの経験を積むことが、その人の人生に必ず役に立つと信じて疑わない。成功体験ではなく、失敗体験の方が何倍も役に立っている。失敗すれば、誰でもその理由を考える。それが、次の飛躍の糧となるはずだ。失敗してもめげないこと。失敗は人生の肥やし。その人を一回り大きくする。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

自然エネルギーってなんだ(2)

apgmman.hatenablog.com

自然エネルギーってなんだ(1)」の続きです。

太陽光発電とソーラー」


太陽エネルギーは、から、さまざまな形でのらしに役立ってきました。物がくのも、魚のや干しシイタケができるのも太陽から届く熱を利用しています。また、植物は、太陽の光を利用して成長します。


太陽エネルギーのいろいろを学んでみましょう。


地球温暖化対策として、今、太陽光発電が期待されています。家庭でも、屋根に太陽電池(光電池)を置いて自家発電をするようになりました。


照明のない昔の暮らしでは、人間は日の出とともに働き始め、夕暮れになると休みました。、電気は主に夜間の照明として利用されていましたが、現代では電気は、人間の活動に合わせて、動力や通信など、さまざまに活用されています。しかし、夜にも照明がある現代になっても、人間の活動は太陽の出ている日中が中心です。夜間の照明は別にして、人間の活動に合わせて太陽エネルギーを利用するのは当然と言えます。


また、光や熱は電気で作ることができます。白熱電球や、最近では発光ダイオード有機ELなど、いろいろな照明があります。
太陽光発電模型や、太陽エネルギーを利用して光るソーラーの模型を作って、太陽エネルギー利用のあれこれを体験してみましょう。
次の質問に答えてください。


太陽エネルギーとは
太陽エネルギーとは、(   )が生み出すエネルギーのことです。
(   )は、1500万度の中心で、水素原子4個から、(最終的に)ヘリウム原子1個ができる『反応』で輝いています。
(   )からは、(地球の大気外で太陽に正対する面で)面積1平方メートルあたり毎秒1.37kWのエネルギーが届いています。
(   )の表面の温度は約6000℃で、このエネルギーを主に光(赤外線、可視光線、線)として放出しています。
(   )のない夜間や、雨の日、りの日は地上に届く太陽エネルギーは少なくなります。
(   )の高度によって地表に届く太陽エネルギーは変化するので、晴天の日中でも朝とは少なく、が高い地域ほど少なくなり、季節によっても変化します。
太陽電池(光電池)が(   )に向かう角度によって発電量が変わり、正対する(垂直の)がもっとも発電量が多くなります。
太陽電池(光電池)の性能は光の(   )によって異なるため、多層化によって発電効率を大きくすることができます。


太陽エネルギーの利用
太陽エネルギーを利用する身近な例をあげてください。
 (                                     )
(人工の)光を利用する例をあげてください。
 (                                     )
太陽光発電は、(     )を使って発電します
太陽熱発電は、太陽の熱で水を蒸気に変えてタービンを回し、タービンにつながった(   )を回して発電します。


【解説】
1.太陽電池について:
太陽電池(光電池)は、シリコン半導体のタイプが多く利用されていて、実験用に市販されている太陽電池は、一般家庭で利用されている電力用の太陽電池と同じ多結晶型の太陽電池です。
太陽電池は、2種類の半導体(p型とn型)を接合して作られていて、光(主に赤外線から可視光線)が当ると、光のエネルギーで電子と(電子の)空孔を作り出すことによって電圧が生じ、光エネルギーが電気エネルギーに変換されます。この太陽電池が作る電気は直流です。

2.太陽エネルギーと太陽光について:
太陽は、太陽の中心核(約1500万度)で、水素から重水素、ヘリウム3を経て、ヘリウム4を作る核融合の連鎖反応で熱(エネルギー)を発生させています。この熱(エネルギー)は、数十万年をかけて放射層を経て対流層に到達し、太陽の表面から宇宙空間に、主に光などの電磁波として放出されます。太陽の表面の温度は約6000Kで、太陽の光は、高温の物体が光を放射する「黒体放射」という共通のメカニズムによるものです。
白熱電球の光も「黒体放射」によることから、原理的には太陽光と同じ(連続スペクトル)と言えますが、白熱電球のフィラメントの温度は約2500Kと、太陽表面の約6000Kよりも低いので、色の見え方(スペクトルの形)は異なります。なお、蛍光灯などの放電灯やLED電球の光は、太陽光や白熱電球のような連続スペクトルではありませんが、人間の目の特性を利用して、太陽光の見え方に近くなるように工夫されています。


地熱発電地熱発電模型」


地熱は、から、さまざまな形でのらしに役立ってきました。地熱発電のほかにも、温泉や温水を利用した温室などがあります。しかし、地熱はどこでも利用できるわけではありません。


地熱のいろいろを学んでみましょう。


地球温暖化対策として、今、地熱発電が期待されています。火山地帯では、地中から出る高温の蒸気や温水を利用して地熱発電が行われています。


日本は火山地帯にあるので、地熱を利用できる場所がたくさんあります。地中の温水を利用する温泉は、あちこちにあって、多くのが保養に利用しています。温水プールや熱帯・熱帯植物園などもありますね。


地熱発電模型を作って、熱利用のあれこれを体験してみましょう。


次の質問に答えてください。


地熱とは
地熱とは、(   )が内部で生み出すエネルギーのことです。
(   )の中心は、高温高圧で、主に鉄(とニッケル)からなる(固体の)合金でできていると言われています。
(   )は、中心部から順に、、マントル、で構成されていて、外は液体、マントルは固体ですが、極めてゆっくりですが、形を変えていく性質があります。
(   )は、の初期のけた状態を経て、冷えて固まってきましたが、初期に得た熱のほかに、岩石にまれる、ウランやトリウムなどの『放射性物質』から出る熱があって、地熱の元になっています。地球の中心部()の温度は約6000℃といわれ、太陽の表面と同じくらいの温度で光りいていますが、その外側には約2900kmもの厚さのマントルとがあるので、地球の表面付近は約15℃と低く保たれています。
(   )の表面では、平均して1平方メートル当り87mWのエネルギーが熱として放出されています。
火山地帯では、地下10km辺りまで1000℃近い高温の(    )がしていて、地下水に熱をえています。


地熱の利用
地熱を利用する身近な例をあげてください。
(                                      )
(人工の)熱をエネルギーとして利用する例をあげてください。
(                                      )
雪や氷などの冷たい熱も熱の利用です。自然の冷熱を利用する例をあげてください。
(                                      )
地熱発電は、マグマの熱で水を蒸気に変えてタービンを回し、タービンにつながった(    )を回して発電します。
熱エネルギーは、(   )に比例しますが、外に取り出せるエネルギーは、高温源と低温源の(   )差に比例します。


【解説】
1.ペルチェ素子について:
ペルチェ素子は、2種類の半導体(p型とn型)を交互に並べて作られていて、接合部は金属板です。全体は、ちょうど、p型とn型を直列に接続したような構造になっていて、(電気的には絶縁されながら)熱を伝える上面と下面があります。この上面と下面に温度差があると、熱のエネルギーで電子と(電子の)空孔を作り出す度合いに差ができることによって電圧が生じ、熱エネルギーが電気エネルギーに変換されます。このペルチェ素子が作る電気は直流です。
ペルチェ素子は、この逆に、電圧を加えると上面と下面に温度差ができるので、温・冷蔵庫やパソコンの冷却素子として利用されています。


2.地熱発電模型について:
地熱発電は、地熱で発生する高温の蒸気や温水を利用してタービン/発電機で発電するものですが、それを模型で実現するのは極めて困難です。そこで、地熱を熱利用の一つと捉え、比較的簡単に熱を電気に変えることができるペルチェ素子を応用しました。原理的には温度差発電ですが、熱利用についても学習ができます。


3.地熱エネルギーについて:
地球の内部構造は、地震波の伝わり方の違いから、中心部に半径約3470kmの核があり、その外側に厚さ約2900kmのマントルがあるとされています。マントルの上に乗る地殻の厚さは約50kmです。核は、鉄が主成分で、半径約1270kmの固体状の内核と、その外側にある厚さ約2200kmの液体状の外核でできており、平均温度は約6000℃とされています。マントルと地殻は固体ですが、マントルの上部(厚さ数百kmの部分)は、1年間に10cm程度の速さで変形しており、長い時間で見れば流動性があります。マントルの平均温度は約3500℃、地殻の平均温度は約1000℃といわれているので、地球の内部は暗黒ではなく、実は、光り輝く世界なのです。
一方、地殻表面の平均温度は約15℃なので、そのままでは利用しにくく、良質な熱エネルギー源とは言えません。一般に利用されている地熱エネルギーは、プレートの摩擦熱などによって溶けたマグマに起因するので、マグマが地表に到達して火山となったり、地下水を加熱して熱水や蒸気を生成したりするには、地域的な特殊性があります。


質問の回答


水力発電とスクリュー船」の回答と回答例
質問1.①から⑥は、水。質問2.①の例は、水力発電、水車小屋、潮力発電、波力発電、など、②の例は、洗濯機、ポンプ、噴水、など、③の例は、洗濯機、ポンプ、噴水、など、④は、発電機。


風力発電とハイドロプレーン」の回答と回答例
質問1.①から⑥は、空気、⑦は、380、⑧は、10。質問2.①の例は、風車、帆船、グライダー、など、②の例は、気圧が高いところから低いところに向かって空気が動くから、など、③の例は、扇風機、エアコン、換気扇、ドライヤー、など、④の例は、人工の風を作るには動力が必要だ、空気を押す板が必要だ、など、⑤の例は、凧揚げ、飛行機、など、⑥は、発電機。


太陽光発電とソーラー灯台(とうだい)」の回答と回答例
質問1.①から⑦は、太陽。質問2.①の回答例は、洗濯物干し、ふとん干し、干物、天日干し、など、②の回答例は、ろうそく、ランプ、白熱電球、蛍光灯、発光ダイオード、レーザー、など、③は、太陽電池(光電池)、④は、発電機。


地熱発電地熱発電模型」の回答と回答例
質問1.①から⑤は、地球、⑥は、マグマ。質問2.①の回答例は、地熱発電、温泉、温水プール、温室、など、②の回答例は、ゴミ焼却熱利用、廃熱利用、など、③の回答例は、温度差発電、食品貯蔵、など、④は、発電機、⑤は、温度。


小学校高学年向けの模擬授業でしたが、どうでしょうか。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです:なお本記事は元の原稿に多く機種依存文字が含まれていたせいか、一部の文字に欠損があります。伏してご容赦ください)

自然エネルギーってなんだ(1)

自然エネルギーとしての、太陽光、太陽熱、水力、風力のエネルギー源はいずれも太陽であり、太陽の中で起こっている核融合反応という原子力がエネルギーの源泉である。地熱は、実は、多くの熱源が地球内部の放射性物質が出す熱で、原子力、正確に言えば崩壊熱がエネルギー源と言われている。結局、自然エネルギーはすべて原子力と言っても過言ではない。


原子力は自然あるいは宇宙に備わった原理を、人類の知恵が獲得し、世の中を豊かにするための科学技術として発達してきた。科学技術故に欠陥や限界もあるが、これも人類の知恵で乗り越えていきたいと切に思う。


自然エネルギー体験ランド」で教えたこと


情報館の閉館後、しばらくして「自然エネルギー体験ランド」という企画に元科学館員として加わったことがある。自然エネルギーについて子供たちに教えるという、一種の模擬小学校で、実際は子役を使ってスタジオで工作教室の撮影をし、その動画をYou Tubeにアップするというものだった。その先生役を任され、授業の流れから、工作の企画、試作、部材購入に合わせて、授業での工作の手順、テキストやホワイトボードの使い方に至るまで綿密に決めた。


自然エネルギーはやや古い言い方で、昨今は再生可能エネルギーの方が主流となっているが、大きな違いはない。ただ、再生可能エネルギー化石燃料に寄らないことを強調していて、何か政治的な臭いが感じられるのに対して、自然エネルギーの方は素直な感じがする。また、自然エネルギーは、太陽光、太陽熱、水力、風力、潮力・波力、地熱の範囲で、発生源が太陽と地球に限定されていて、小学校の理科の授業には馴染む気がする。


nandemo-lab.cocolog-nifty.com

以下では、「自然エネルギー体験ランド」のテキスト(配布物と解説)を紹介したい。工作物の紹介については省略した。工作物の概要は、ココログ「科学館員の独り言」の「自然エネルギー体験ランド」に掲載してあるが、詳細には触れていない。なお、発電による自然エネルギーの利用が本企画の趣旨なので、発電が中心になっていることに留意されたい。


水力発電とスクリュー船」


水力は、から、動力としてのらしに役立ってきました。川の流れを利用した水車、や水力発電。逆に水の流れを作って、それを利用する道具や機械もあります。


水力のいろいろを学んでみましょう。


地球温暖化対策として、今、小規模の水力発電が新たな期待をされています。産業革命よりも前、蒸気機関などの動力が発明されるまでは、水力や風力が動力として利用されていました。水力で粉をいたりしていたのです。
蒸気機関やエンジンやモーターが発明されると、逆に水の流れを作ることができるようになり、な形でらしに役立っています。は分かりやい例ですが、水道にも水を送るポンプが利用されています。


水力を利用した交通機関もあります。動力で動く船は,スクリューなどで水の流れを作り、その反作用で動いています。
水力発電模型や、水力を利用して動くスクリュー船の模型を作って、水力利用のあれこれを体験してみましょう。


次の質問に答えてください。


1.水力とは
水力とは、(  )が動いて起こす力(またはエネルギー)のことです。
水力を作り出している元は太陽ですが、海や川の水を暖めて水蒸気に変え、水蒸気が冷えて雨や雪として地上にり、川となって流れる(  )の動きができます。
(   )には重さ(質量)があります。
(   )の重さは、1立方メートルの大きさで、約1トンです。
深さ1.5メートルの(   )が面積1平方メートルの底面を(垂直に)す力は、約1.5トン(正確には、約150ニュートン)にもなります。
流速1メートル(/毎秒)の(   )が持つエネルギーは、面積1平方メートルあたり、約500ジュール/秒(=500ワット)です。
水力エネルギーは、流速の3乗と面積に比例します。水道のから出る水の流速との面積では、流量を毎分8リットル、の面積を約1.3平方センチメートルとすれば、での流速は約1メートル/秒となるので、水力エネルギーは、(     )ワットとなります。


水力の利用
① 水力の利用には、自然の水の動きを利用するものと、水の動きを作って利用するものがあります。自然の水の動きを利用した水力の例をあげてください。
(                                      )
②(人工の)水の動きを作ってその水力を利用する例をあげてください。
(                                      )
③ 板(平板など)にめに水の流れが当たると、水の流れの下流にされる力()のほかに、水の流れに直角の方向にされる力()が生じます。を利用した例をあげてください。
(                                      )
④ 水力発電は、水力で水車を回し、水車につながった(   )を回して発電します。


【解説】

1.『水力』について:
一般的な『水力』の説明では、水力発電を中心に捉えて、水の流れの落差を利用する場合として位置エネルギーの観点から説明しています。
ここでは、『水力』を水の動きと捉え、いわゆる水力以外に、潮力(潮流=海流と潮汐)や波力も含めて扱っています。そのため、水の位置エネルギーではなく、運動エネルギーの観点から説明していて、『風力』との比較が容易にできるように配慮しました。


風力発電とハイドロプレーン」


風力は、から、動力としてのらしに役立ってきました。自然の風を利用した風車、そして、今は風力発電。逆に風を起こして、それを利用する道具や機械もあります。


風力のいろいろを学んでみましょう。


地球温暖化対策として、今、風力発電が期待されています。産業革命よりも前、蒸気機関などの動力が発明されるまでは、水力や風力が動力として利用されていました。風力で粉をいたり、水をくみ上げたりしていたのです。ヨットなどのも風力の利用といっていいでしょう。


エンジンやモーターが発明されると、逆に風を起こすことができるようになり、な形でらしに役立っています。やは分かりやい例ですが、エアコンや冷蔵庫にも風を送るファンが付いています。ドライヤーやにもあります。そう、パソコンの中にもありますね。
風力を利用した交通機関もあります。ハイドロプレーンという浅いなどで使われるボートや、き上がって動くホバークラフトなどです。広い意味では、飛行機やロケットも風力を利用しています。


風力発電模型や、風力を利用して動くハイドロプレーンの模型を作って、風力利用のあれこれを体験してみましょう。


次の質問に答えてください。


風力とは
風力とは、(   )が動いて起こす力(またはエネルギー)のことです。
風力を作り出している元は太陽ですが、地球の陸地や海洋の暖め方にいができることと、それに地球の自転のが重なって、複雑な(   )の動きができます。
(   )には重さ(質量)があります。
(   )の重さは、直径1メートルのゴム風船の大きさで、約677グラムです。
風速10メートル(/毎秒)の(   )が面積10平方メートルのを(垂直に)す力は、約1.3トン(正確には、約132ニュートン)にもなります。
風速10メートル(/毎秒)の(   )が持つエネルギーは、面積1平方メートルあたり、約647ジュール/秒(=647ワット)です。
しかし、この風力エネルギーをすべて利用することはできません。最大でもこの59%、約(    )ワットが理論上の限界(ベッツ係数)とされています。
風力エネルギーは、風速の3乗に比例します。日本の住宅地の年間平均風速は約3メートル/毎秒ですから、直径1.12メートルの風車(面積1平方メートルに相当)では、平均(   )ワット程度にしかなりません。


風力の利用
風力の利用には、自然の風を利用するものと、風を起こして利用するものがあります。自然の風を利用した例をあげてください。
(                                     )
自然の風はどうして起こるのでしょうか。理由を考えてください。
 (                                     )
人工の)風を起こしてその風を利用する例をあげてください。
 (                                     )
自然の風と人工の風のいをあげてください。
 (                                     )
板(平板など)にめに風が当たると、風の下流にされる力()のほかに、風に直角の方向にされる力()が生じます。を利用した例をあげてください。
 (                                     )
風力発電は、風力で風車を回し、風車につながった(    )を回して発電します。


【解説】

1.自然エネルギーと電気:
自然エネルギーは、風力、水力、太陽光・太陽熱、地熱などの自然に存在するエネルギー(またはエネルギー源)で、太陽や地球に備わった無尽のエネルギーを利用するものであり、再生可能エネルギーの仲間です。古くから利用されていますが、最近では電気エネルギーに変換することで、小規模の分散型電源として昔とは違った活用法が期待されています。
エネルギーは形を変えることができますが、電気エネルギーは、動力や熱の供給以外に、照明や情報・通信など、さまざまに活用できる特徴があり、便利なエネルギーとして広く利用されています。自然エネルギーを電気エネルギーに変えて利用するのもそのためです。


2.電気二重層キャパシターについて:
電気二重層キャパシターは、普通のコンデンサーよりも桁外れに大容量のコンデンサーで、蓄電池並みに電気を貯めることができます。また、瞬間的に大電流を流すことができる特徴があるので、現在は、携帯電話などの機器の電源安定化に活用されています。
自然エネルギーの多くは出力が変動するので、出力を一定に保つためには、蓄電池などの電気を貯める装置が必要になりますが、将来、電気二重層キャパシターが大型化されれば、蓄電池に変わる手段として期待されています。
電気二重層キャパシターと蓄電池の違いは、蓄電池の電圧がほぼ一定であるのに対して、電気二重層キャパシターは電流を流すと電圧が直線的に低下します。そのため、電気二重層キャパシターを使用する場合は、電圧を一定に保つ回路が必要になります。


以下は、「自然エネルギーって何だ(2)」に続きます。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

2008年野鳥日誌

情報館の閉館後にボランティア活動を続けていた頃、我が家に毎年のように来ては巣立っていったツバメがぱったりと来なくなった。それまでは、ツバメには目を止めていたが、この頃から野鳥に関心が出てきて、図鑑と見比べながら野鳥観察をしていた。散歩の途中での観察で写真を撮る気もなく、ただの観察日誌だが、周りには野鳥が集まる水上公園や調整池があって、野鳥にはよい環境であることはお分かりになると思う。


3/28 昨年は、一時、我が家の巣にツバメが入ったが、なぜかその後は来なくなり、お隣の家に移ったようだ。お隣の家の中にツバメが巣を作って巣立ったらしい。今日、朝の散歩のときに、中古自動車店の近くでツバメを3羽見た。スピーカーに巣があるらしい。初飛来。


3/29 研修日。朝、バス停から駐車場の上空に10羽ほどのツバメを見た。川にはユリカモメがいたが、ツバメは飛んでいなかった。


3/30 朝、電線にツバメが止まってさえずっているのを見た。他に1羽が飛んでいた。つがいだろうか。昼過ぎ、小雨が振り出した中を花見に出た。ほぼ満開で、散り始めているのもある。グリーンハイツの近くでツバメが飛んでいるのを見た。まだ、数は少ないようだ。


3/31 昨夜来、強い雨。一日中、寒い。お隣さんと話をしたら、お隣の家の巣にはツバメが来ているらしい。我が家の巣には来た気配はない。



4/ 6 買い物の帰りに、水上公園にカメラを向ける大勢の人がいるので立ち止まって見ていると、急に1羽が飛び出してきて水にもぐった。カワセミだなと思った瞬間、今度は空中にホバリングしているのを見た。その後、右の方に移ったらしいが、確認できなかった。双眼鏡で対岸の茂みを見ると、カワセミが1羽止まっている。そのまま動かないので様子を見ていると、ふいにもう1羽が飛んできて、魚を渡した。カワセミの求愛給餌行動のようだ。その後も、雄は5回ほど近くの水に飛び込むが、その後は空振りばかりだった。背中が正面を向くと青く輝いてきれいだ。腹は茶色に見えたが、オレンジ色らしい。珍しいものを見た。


4/12 久しぶりに調整池に散歩に出た。以前に聞いたさえずりがカイツブリらしいので、できれば姿を確認したいと思っていた。手前の池で聞き覚えのさえずりがあったので、よく見ると何かが水面から消えるのを見た。出てくるのを待ったがなかなか出てこない。しばらくすると、また、同じ辺りからさえずりが聞こえた。あきらめて先に行くと、茶色っぽい小型の水鳥が何度も水にもぐっているのを見た。嘴の脇が白く見える。どうもカイツブリのようだ。黒くて嘴が白いオオバンもいて、もぐっていた。手前に胴体が黒くて横の羽根が白く、頭に冠羽のある水鳥がいた。帰って図鑑で調べると、キンクロハジロらしい。まだ、コガモも多く残っている。初めてカワウが3羽でいるのを見た。ツバメも飛んでいて、空ではヒバリが鳴いていて、すっかり春らしくなった。川にも水鳥がいたので、以前に見たカルガモかなと思ってよく見ると、コガモの雌だった。


4/14 買い物の途中で水上公園の池を眺めていたら、コガモでもなく、マガモでもないカモが3羽いた。頭が1色ではなく、白っぽい模様がある。家に帰って図鑑で調べると、カルガモだった。そのほかに、バンが、池に2羽、アシの茂みの方に3羽いるのを見た。


5/ 1 自転車でコルトンに行った。中央図書館から現代産業技術館を回り、ついでにトイザラスとラオックスにも寄った。行く途中の富貴島橋の手前で、川にキンクロハジロ1羽とカルガモ4羽が一緒にいるのを見た。


5/ 4 久しぶりに調整池に散歩に出かけた。途中、中古自動車店の辺りで、カルガモ2羽を見た。調整池に着くと、川にコガモが10羽ほどいた。いつもの階段にはコサギアオサギもいない。空にはヒバリだと思うが、鳴き声が違う。奥の池にカルガモが1羽。大きい池では、コガモが20羽ほどでかなり少なくなった。その他には、バンとオオバンも数羽、中の島には、コサギアオサギが立っていた。カイツブリの声は聞こえたが、姿は確認できなかった。


5/12 連休後も晴天が続いて日差しが強かったので、散歩は控えていた。一昨日は雨で、昨日も朝まで雨。昨日は、庭木の剪定が運動代わり。気温は低く、風も冷たい。川にはツバメが飛び交っていた。調整池の脇の川では、コガモが4羽ほど。調整池では、中の島にアオサギが4羽ほど。池にはコガモの姿はなく、潜っては浮ぶカイツブリが2羽とオオバンが1羽。カワウが池の中の杭に1羽と岸に2羽。池もさびしくなった。戻る途中、外から池に向かう飛影があり、池の傍の木に止まったので見ると、スズメ程度の大きさだが胴と羽根の一部の黄色が目立つ見たことのない鳥だった。帰って図鑑で調べると、カワラヒワのようだ。


5/23 久しぶりの散歩。週の前半は、通院やら、OB会やらで、結構歩いた。調整池の手前の川で、コサギ2羽を見た。川にはコガモの姿はなく、いつもいる段々ではなく、反対側の堰堤にアオサギが3羽いた。その後、トイレに寄ったので、いつもとは違うルートで行ったが、市民プールの駐車場でヒバリが1羽降りていくのを見た。池の中の島で、アオサギが手前に2羽と奥に1羽、中間の遠くにカイツブリが5羽見えた。左手にはカワウが1羽池から突き出た竿の先に止まっていた。左手でカイツブリの鳴き声が聞こえたが、姿は確認できなかった。前回も聞いた鳴き声が今日も聞こえたが、何かは不明。いま時分には珍しく、トンボを見かけた。


6/ 2 昨日は朝から晴れたので、庭木の残りを剪定。今日も天気は下り坂の予報なので、できるときにと散歩。川にはツバメがたくさん。調整池の脇の川でコサギが1羽。その先に川に潜る鳥が見えたので、行って見るとカワウだった。カワウは羽根が水に濡れるので、身体が浮いていない。見ているうちに飛び立った。調整池では、堰堤の池に、コサギが1羽、アオサギが8羽いた。奥の池の方では、オオヨシキリの鳴き声が多い。大きい池には鳥の姿がなく、杭にカワウが1羽止まって羽根を広げて乾かしていた。さっき見たカワウかもしれない。池に潜る鳥の姿を見たが、はっきりしない。オオバンのようだったが。すっかり池も寂しくなった。代わりに増えたのは、トンボとモンシロチョウ。帰りに川でセグロセキレイを1羽見かけた。


6/10 中古自動車店の辺りの川に、セグロセキレイが1羽。調整池の辺りの川の瀬に、コザギが1羽。その下流を見に行くと、何か動いている。頭が見えないので鳥ではないようだ。双眼鏡で見るとカメだった。カメが岸辺の草むらに20匹ほど。大小、模様の違いもあった。堰堤の下の池では、アオサギが8羽。トンボ、モンシロチョウ、モンキチョウ、アゲハ、キアゲハ、昆虫が増えた。奥の池には、アオサギが1羽休んでおり、後で1羽が飛んできた。いつもの杭にカワウが1羽。今日は羽根を広げていなかった。カイツブリの鳴き声がするので、見ると、1羽の鳥が水上に、6羽ほどが対岸の岸辺を歩いていた。歩いていたのはオオバンのようだったが、浮いていたのはカイツブリのようだ。以前から聞こえていたチョンチョンという鳴き声は、ヒバリのようだがまだ不明。市民プールの近くで、ツバメとは違う鳥を見たが、飛んでいたので何かは分からない。鳴き声がツバメとは違った。


6/16 セグロセキレイ2羽。カルガモの親子が4羽と橋の下流に1羽。コサギが1羽。監視カメラの鉄塔にカワウが1羽。堰堤の上にアオサギが1羽いて、下の池の周りにアオサギが8羽。ツバメの姿とオオヨシキリの鳴き声。ヒバリらしい鳥が1羽。奥の池でカイツブリの声が聞こえ、それらしい姿がときどき水に潜るのが見えた。トンボ、モンシロチョウ、モンキチョウ、キアゲハとアカタテハ(?)。中の池の杭にカワウが1羽いたが、最初に見たカワウのようだった。帰り道にはカルガモが1羽だけで、親子の姿はなかった。


6/20 雨が続く予報なので、雨が降り出す前にと思って出かけたが、途中でポツポツ振ってきたので、今日はゲストハウスの手前まで。堰堤にカワウが1羽と、カルガモらしい鳥が10羽。うずくまっていて、はっきりはしない。堰堤の下の池にアオサギが8羽。空にカワウが1羽、舞っていた。ツバメはたくさん。そのほかに、群れで飛ぶ大小の鳥を見たが、何かは分からない。首が長いので水鳥のようだったが。


6/24 梅雨の間の晴れ間。南風が強いせいか、飛ぶ鳥が少ない。いつもの瀬にコサギが1羽いた。下流にカメの姿はなかった。堰堤の上に、カルガモが11羽休んでいた。堰堤の下には、アオサギが8羽。チョウもトンボも飛んでいない。アカタテハが1匹だけ。奥の池にもいつもの杭にカワウが1羽いただけ。カイツブリの鳴き声が聞こえたが、姿は見なかった。珍しく調整池でセグロセキレイを1羽見かけた。今日はツバメも少ない。オオヨシキリは相変わらず。


8/ 1 暑い日が続き、日光にも当たりたくないので控えていたが、今朝は曇が多く、しばらくは日が出そうになかったので、久しぶりに出てみた。プールに行く子どもたちが多い。中古自動車店の先で、羽の黒いトンボを見た。調べてみると、ハグロトンボらしい。羽根が真っ黒で、細い胴はやや緑色に輝いて見える。その先の大柏川で珍しい鳥を見た。羽根は黒っぽく、腹から尾にかけて白い。頭は薄いグレーで嘴は細い。足が長いのが目立つ。5羽かたまっていた。帰ってから図鑑で調べると、アシナガシギだった。川にはコサギの姿はない。手前でカワウが飛ぶのを見た。早過ぎたのか、まだ門が開いていない。ゲストハウスの先の角まで行って戻ってみると、ちょうど開門している。入っていいかと聞くと、いいというので中に入った。川では遠目にカルガモが3羽。堰堤の上にカワウがいたが、同じカワウかもしれない。堰堤の下では、コサギが12羽、アオサギが17羽いて、にぎやかだった。アカタテハが1匹、モンキチョウが2匹、シオカラトンボが1匹。途中の池で横腹が黄色の鳥の群れが飛び降りて、また飛び立つのを見た。カワラヒワかもしれない。奥の池には、カルガモカイツブリだけ。ツバメも少なめで、なぜかカラスが目立った。


10/4 涼しくなってきたので、久しぶりに出てみたが、天気が良過ぎて、歩くと暑い。結局、ゲストハウスで引き返した。まだ、渡り鳥はいない。見たのは、セグロセキレイが2羽を別々に、川でセイタカシギを3羽、カルガモを13羽とコサギを2羽。堰堤でコサギを1羽とアオサギを1羽。堰堤の下の池で、カルガモを2羽。堰堤には何時の間にか、ネットが掛けられていて、サギも窮屈そうだった。調整池の辺りでは鳥の鳴き声も聞こえず、静かだった。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

教育用GM管開発を振り返って(16)

www.radi-edu.jp

大気圧GM管の自作の成否は、高電圧をどのようにして得るかにかかっている。これまでも多くのチャレンジャーが挑んでは挫折した記録がウエブ上には溢れている。概ね、6000Vが得られれば大気圧GM管での放射線の検出には十分で、1000V程度の原波形が得られれば倍電圧整流に後を託せばよい。ここでは、既に「らでぃ」実験集に掲載した3タイプを比較して解説する。


ブロッキング発振方式


三門の高圧電源*1を参考にし、トランジスタなどは後発品に置き替えた。ブロッキング発振で得た非対称パルスをトランスで共振・昇圧するタイプで、発振周波数は100Hz程度であるが発振波形は信号波形とは区別しやすい。しかし、発振波形は非対称性が極めて強く、倍電圧整流ではほとんど一段おきにしか加算されない。したがって、15段でもせいぜい7倍に止まる。しかも、使用しているトランスは汎用の小型トランスで入手はしやすいが、耐電圧がたかだか数100V程度で、高電圧には耐えない。やや低めの電圧にして使用する必要があり、直接出力は900V程度に止まる。それでも、しばしばトランスが層間短絡して使用不能になる。

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原発振の調整は、2SC3419の、C7とVR5で行うが、C7はほぼ1000pFの固定で済むことが分かった。VR5も20kΩよりも大きい方が良い場合もあるが、ほぼこれで間に合っている。ただし、共振点は極めて狭いので、調整は根気よくする必要がある。むしろ、精密級の可変抵抗器を使った方が確実かもしれない。この調整次第で、得られる原発振の電圧が決まってしまう。次の図は、黒画用紙カソードでモナズ石のβ線を検出した場合のオシログラフで、原発振による約80Hzの負パルスが見えている。

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高電圧の設定は、2SD2012のVR1で行う。5kΩと表示されているが、過熱・焼損しやすく、その後は10kΩに変更している。


チョッパー発振方式


ウエブ情報を参考に、チョッパー発振方式を試してみた。実際、展示模型のパンケーキ型GM管にはこの回路を採用している。約1kHzの矩形波をタイマーICで発振し、耐電圧900VのFETとチョーク・コイルで高電圧を発生させる。9V駆動では約900Vが得られる。多段の倍電圧整流をすれば、5000Vも可能である。本法は市販部品で製作できる代替案の一つであるが、発振波形は非対称でも信号波形とは区別しやすい。ただし、自作の際には、タイマーICの発振周波数とデューティー比の調整には根気が必要で、動作点は極めて狭い。

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NE555の発振周波数は主にC8で、デユーティー比はVR2とR19で調節するが、調整個所が多いと反って調整が難しくなる。C8は0.1μF、R19は100kΩの固定としてVR2で調整する方が楽になる。ただし、VR2の調整範囲外が良さそうとなると、R19を変えることも必要になる。C8についても同様のことが言える。要は、根気しかない。


この回路は、パンケーキ型GM管用に作った回路なので、高電圧は900Vの固定となっている。高電圧をさらに上げるには倍電圧整流を加えればよいが、高電圧の調整は駆動電圧を変えることでは難しい、というか不安定になる。結局、高電圧の調整はVR2ですることになるのが、難点と言える。高電圧を大幅に変えないで済む場合には、使えると思う。

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図の約1kHzの規則的なパルスが原発振のパルスである。計数の判定には支障にならない。


コレクター共振方式


高電圧の発生には、冷陰極放電管用の高圧ユニットのジャンク品を改造した。6段の倍電圧整流により、9V駆動では約6000Vが得られるが、入力電圧を加減することにより、約1000Vから約5000Vが得られる。高電圧は2.2MΩの高抵抗を介してアノードに接続し、カソードからは100kΩの入力抵抗を介して信号を取り出せば、その後の信号処理の自由度は高い。

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銅品の図の破線の中が既製品で、既製品から出力トランス後段のコンデンサーを外して、倍電圧整流回路を追加している。前段は、駆動電圧を加減して、高電圧を調整するための回路となっている。既製品なので動作は安定しており、製品間のバラツキも少ない。簡単な改造で済み、極めて便利である。ただし、ジャンク品なので、既に、同品の市場での入手は多分無理と思うが、冷陰極放電管用の高電圧ユニットは他にもあり、LEDへの置き換わりで液晶ディスプレイの光源としては、そろそろ品薄にはなっているが、秋葉原などでのジャンク品の入手は可能と思う。ただし、製品の性能次第では、高電圧が得にくい製品もある。原発振が500V程度では、5000Vを得るのはかなり厳しいが、原発振は40kHz程度の正負対称のパルスなので、倍電圧整流の段数通りに昇圧できる。

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まとめ


高電圧電源でこれまでに製作実績がある3タイプを解説した。


結局のところ、ブロッキング発振式は単発の自作にはよいが、多数を製作するには向いていない。チョッパー発振式は、高電圧の調整範囲が狭いことに注意を要する。結論的には、ある程度の数の高電圧電源を用意したい場合には、現在、入手可能な冷陰極放電管用の高電圧ユニットや、類似の高電圧発生ユニットを改造するする方法が勧められる。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)

*1:三門正吾、放射線教育国際シンポジウム報文集(ISRE 98)、JAERI-Conf 99-011、369-376