情報館の回想と裏話など(2)

ちょこっとサイエンスの苦労話


これは一種のサイエンスショーで、来館者が多いときは黒山の人だかりができたりしたが、来館者が少なかったり、演出がまずかったり、テーマが難しかったりすると、数人しかいなかっったりすることもしばしばだった。数人しかいないのに、一人減り、二人減り、となると正直焦ったが、説明資料も準備したネタも決まっているので、どうにもしようがなかった。大勢いれば、それなりに反応も違う。参加しているという意識も共有している部分があるのだろう。多くのイベントのような熱狂は、参加者が自ら盛り上がって、作り出すものではないだろうか。当然、演出はそれを狙っている。全く別物だが、ちょこっとサイエンスも同じ要素があると感じた。講師の役目は、実験教室や工作教室では先生だが、ちょこっとサイエンスでは、エンタテイナーに近い。話術も必要だし、臨機応変のスキルも必要になる。最初は緊張したが、回を重ねるうちに、慣れたというか、勘所を押さえる術も身に着いた。後は、面白そうにテーマを嚙み砕くことだった。


サイエンスと言っている以上、テーマは限られている。また、道具が要るので、おのずと展示物の中から適当なものを選ぶことになる。多く登場したのは、真空装置、真空落下装置、ヴァン・デ・グラーフ装置、ジャイロ椅子、などであった。真空落下装置は、空気中と真空中で物体の落下速度が変わるという、いわゆるガリレオの落下実験を検証する装置である。ヴァン・デ・グラーフ装置は、小型の起電機で、高電圧を発生する。絶縁台の上に載ってもらって、静電気で髪の毛が立つ演示が行われた。この二つは必ずスタッフが操作する。一方、ジャイロ椅子は、誰でも遊べる展示物で、重い回転体を手にもって回転椅子に座り、回転体を傾けると椅子が回転を始めるという趣向。ちょこっとサイエンスでは、ジャイロ効果の演示に使っていた。地球コマとか、自転車が倒れないことの原理が、ジャイロ効果である。回転体は傾けると、その逆方向に力が働く。つまり、動きに逆らうような働きといえる。真空装置では、わずかな水をビーカーに入れて真空に引くと、あっと言う間に、凍るという演示をやっていた。気圧が下がると、凝固点が上昇するので、室温でも水が氷るという現象だが、子供たちには手品のように見えたらしい。


お母さんが興味を持ちそうなテーマは


ちょこっとサイエンスのテーマは、基本的には誰でも興味を持ちそうなものを選ぶのが普通である。子供にでも分かるようにはするが、実際は、親が理解して子供に伝えることが多い。つまり、実際のターゲットは親子連れの親の方になる。とすると、親といっても圧倒的に母親の方が多い。科学に関心のある方たちと思うが、さて、サービス精神を発揮して、お母さんたちに喜ばれるようなテーマはないか、などと考えるようになった。新しいテーマができれば、レパートリーが広がる。実は、偶然、その機会が訪れた。真空をテーマとしたちょこっとサイエンスで、終わった後に、あるお母さんから質問があった。それは、真空では漬物が早く漬かるのは何故かというものだった。さすがに、その事実を知らないし、事実としても原理が思いつかなかった。答えれらず、調べておきます、というのがやっとだった。浅漬けなどは食塩だけの添加なので、食塩水の浸透圧で細胞内の水が抜けていることで漬かる。真空の場合も同様の現象が起こる可能性はあり、実際、商品化もされていることは後で分かった。だだ、真空といっても人力で引くくらいではたかが知れている。どこまで、本当か分からないが、実際に漬物が早く漬かるならそれは真空というよりは減圧の効果かもしれないと思った。調べてみると、漬物を漬ける目的と原理は、食塩や酢、砂糖などの浸透圧で有害な細菌の細胞膜を破壊して食品の保存に効果があるとともに、野菜などの細胞膜も脱水に依って自己消化を起こして壊れるためと分かった。


クッキングサイエンス


そうだ、料理や調理をテーマにしたちょこっとサイエンスがよさそうだ、と思い付いて館内の図書を調べたが、料理本はあっても、料理や調理をサイエンスとして取り上げた本はなかった。書店に行くと、あった。まさに、クッキングサイエンスをテーマにイギリスの大学教授が書いた趣味的な本が。この教授は、本業ではなくて、まさに趣味で料理や調理をサイエンスしている。例えば、肉が焼けるときのメィラド反応とか、卵の茹でる時間とか、参考になるものばかりだった。ただ、洋食ばかりなので、少し日本風の話題をと思って、ご飯とお餅、ジャガイモが茹るまで、などを加えたちょこっとサイエンスを企画した。ちょっと、子供には興味が湧かないかもしれないが、学校で習うようなヨウ素でんぷん反応とか、浸透圧の実験を加えた。


以下に、クッキングサイエンスをテーマにした、ちょこっとサイエンスの配布資料と、企画書を追記する。何かの参考になれば幸いである。


「クッキング・サイエンス」


白いご飯とおもち、どこが違う? 温泉たまごのつくり方は?
知っているようで知らない(かも?)クッキングを科学します。

【ジャガイモで熱伝導の実験】

なぜ食べ物を加熱するか?

  • 穀類やイモなど:そのままでは消化できないβデンプンをαデンプンに変える。(60℃以上で糊化)
  • 肉類などのタンパク質:そのままでも食べられるが、噛み切りやすくする。(40℃以上で変性) 肉類の香りはメイラード反応による。(140~180℃)
  • 野菜:硬くて食べられない繊維(細胞壁、主成分はセルロース)をやわらかくする。

そのほか、食中毒を防ぎ、保存しやすくするなど。


加熱の効果は、中心温度で決まる。同じ調理方法であれば食材の大きさ(寸法)が2倍になると、中心温度の上がりやすさ(=時間)は、ほぼ4倍になる。

【“温泉たまご”でタンパク質の変性を実験】

たまごを沸騰したお湯に入れると、外側から温度が上がっていくので、まず卵白が固まり、温度が上がると卵黄が固まる。ゆでる時間が長くなると、“半熟”から“固ゆで”になる。


脂質の多い卵黄は約65℃から、卵白は約70℃から硬くなるので、65~70℃に温度を保てば、外側の卵白が“半熟”で中の卵黄もトロッとした“温泉たまご”ができる。


望みのゆでたまごができる時間

  たまごの直径d(mm)、初期温度To(℃)のときのゆで時間t(分)は、
     t=0.0015d2loge{2(Tw-To)/(Tw-T)}

ただし、Twは湯の温度(℃)、Tはたまごの中心(=黄身の)温度(℃)。


肉類もタンパク質(と脂質)を含むので温度を上げると硬くなるが、スジ肉や皮はコラーゲンを多く含むため、70℃以上で長時間水煮すると、コラーゲンが分解してやわらかくなる。(ゼラチン化)

【ご飯とおもちを、ヨウ素液で実験】

もちの米は「もち米」だが、白いご飯の米は「うるち米」と言う。米の主成分はデンプンで、デンプンにはアミロースとアミロペクチンという構造の違う2種類の成分がある。アミロペクチンは、ねばりが多くでる成分で、アミロペクチンの多い米は、炊くとよくねばり、噛みごたえがある。


うるち米は、アミロペクチンが80~85%、アミロースが15~20%位。もち米は、ほとんどアミロペクチンでできている。インディカ米は、細長い形をして、ねばりが少ない。アミロペクチンは70%位しかふくんでないので、パサパサとしたご飯になる。インディカ米に対し、日本の米のように粘りの多い種類をジャポニカ米という。


ヨウ素デンプン反応
デンプンは、ヨウ素液やヨードチンキを加えると、青紫色になる。アミロースを含むデンプンは濃い青紫色にそまり、アミロペクチンのデンプンはうすい赤紫色にそまる。

【食塩水で浸透圧の実験】

なぜ食品の保存に塩や砂糖や酢やアルコールを使うのか?


高い浸透圧によって細菌を脱水し、繁殖できないようにするため。生物は細胞でできており、細胞は細胞膜で覆われている。細菌にも細胞膜があり、細胞膜は水だけを通す半透膜なので、内部よりも高濃度の溶液に接すると、内部の水は溶液側に移動する。脱水が進むと、細胞膜は自己消化を起こして壊れる。


漬物(塩漬け、酢漬け)、砂糖漬け、果実酒なども、この作用を利用する。

 浸透圧に関するファント・ホッフの式   Πv=nRT
 ただし、Πは浸透圧(Pa)、vは溶液の体積(m3)、nは溶質のモル数、Tは温度(K)、Rは気体定数(=8.3143J/mol・K)

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≪参考文献≫
『お米のひみつーたのしい料理と実験ー』(小竹千香子著 さ・え・ら書房 1992年)
『料理のわざを科学する キッチンは実験室』(P.Barham著 丸善 2003年)

【実験の進め方】

《実験機材》

  1. 簡易真空装置(一方向弁つき注射器と密閉容器)
  2. 真空保温ポット 2個
  3. 電気ポット
  4. 先細デジタル温度計
  5. 温度計(-20~100℃)
  6. 味噌濾し器
  7. 試験管 2本
  8. シャーレ
  9. ビーカー(100ml)
  10. 包丁
  11. まな板
  12. ジャガイモ(中1個)
  13. タマゴ(中1個)
  14. 白玉粉(少量)
  15. 上新粉(少量)
  16. うがい薬(ポピドン・ヨード水溶液)
  17. 大根(1cm輪切り)
  18. 食塩(10g)
  19. インスタントコーヒー(少量)

《実験準備》

  1. 真空保温ポットに水または湯を入れて通電し、1個は60℃、もう1個は68℃に保温する。
  2. 電気ポットに水または湯を入れて通電し、沸騰(100℃)を保つ。
  3. ジャガイモを皮のまま、洗っておく。
  4. タマゴの上下に小孔を開け、卵白を試験管に吹き出す。
  5. 卵白が出きったら、タマゴを割って、卵黄を別の試験管に入れる。
  6. シャーレに、白玉粉上新粉を少量ずつ別々に盛って小山を2つ作る。
  7. 大根を4等分(イチョウ切り)する。
  8. 5%食塩水を作り、インスタントコーヒー少量をよく溶かしておく。

《実験手順》

  1. ジャガイモに先細デジタル温度計を中心まで挿し、そのジャガイモを味噌濾し器に入れて、沸騰している電気ポットに入れて、5分間待つ。
  2. その間に、卵白入り試験管と卵黄入り試験管を、同時に60℃に保った真空保温ポットに入れて、放置する。
  3. 5分経過後、ジャガイモの中心温度を測って60℃に到達していないことを確認し、ジャガイモを取り出して包丁で半割する。断面を観察し、湖化によって周囲が環状に(熱伝導で温度が湖化温度以上になったうえ、湖化に必要な時間が経過して)透明化していることを確認して、説明する。
  4. 卵白入り試験管と卵黄入り試験管を同時に取り出して、両方とも固化していないことを確認し、68℃に保った真空保温ポットに入れて、再度、放置する。
  5. シャーレに盛った白玉粉上新粉にヨード液を注いで、白玉粉は赤紫色に、上新粉は青紫色に染まることを確認して、説明する。
  6. 卵白入り試験管と卵黄入り試験管を同時に取り出して、卵黄が半熟化し、卵白が固化していないことを確認した後、沸騰している電気ポットに入れて、再々度、放置する。
  7. 簡易真空装置の密閉容器に68℃の熱湯を少量入れて、真空に引き、沸騰する(約1/4気圧に相当する)ことを確認する。
  8. インスタントコーヒーで着色した5%食塩水を2分し、半量は簡易真空装置の密閉容器に、半量はビーカーに入れた後、それぞれに大根を1片ずつ入れる。
  9. 大根1片を入れた簡易真空装置を真空に引き、3分間、放置する。
  10. 卵白入り試験管と卵黄入り試験管を同時に取り出し、両方とも固化していることを確認して、説明する。
  11. 3分経過後、簡易真空装置とビーカーからそれぞれ大根1片を取り出し、包丁でそれぞれ縦に2分して断面を観察し、着色が真空中の方で進んでいる(真空中では食塩水の浸透が加速される)ことを確認して、説明する。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)