教育用GM管開発を振り返って(4)

今回のテーマは放射線のエネルギー分析の可能性なので、厳密に言えば、タイトルとの矛盾を指摘されると思うが、同じ道具立てを使った話しなので、「GM管」と称するのはその装置の代名詞と考えてほしい。


まずは検出した放射線パルスについて


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まだ、ココログ「科学館員の独り言」で自作GM管を取り上げていた頃、既に計数のデジタル表示はできていたが、訳の分からない現象があった。それは、計数率が考えられないほど多くなる現象。別に連続放電をしている訳ではく、検出音を耳で聞いていてもそれほどおかしくないのに、計数率だけが過大となることがしばしばあった。ただ、印加電圧を下げるとその現象は消えたので、測定の際は印加電圧を上げ過ぎないようにして行った。この現象は、検出パルスをオシロスコープで観察するまでの謎だった。実は、オシロスコープを導入する前にも、パルス波高を図る試みをしていた。つまり、AD変換によってパルスの大小を測る試みである。その際に、パルス波高には大小のあることが分かった。


GM管では、パルス波高は飽和していると教科書には書いてあるので、パルス波高は、当然、一定のものという思い込みがあった。飽和といってもパルス波高にはある幅の分布があってもおかしくない。ところが、ときどき桁外れに大きいパルスを観測していた。そのとき、直感的にこれは測っている線源とは別の宇宙線ではないか、と思うようになった。とすれば、GM管の構造を変えずに、放射線のエネルギーを知ることができるのではないか、と考えて、いろいろな実験に取り組むこととなった。当然、ガス電離を検出原理とする測定器は、GM管のほかにも、電離箱とか比例計数管とかがあって、これらはエネルギー分析ができる。印加電圧を下げていけば、構造はGM管でもこれらの領域に達する可能性があるはずなので、おかしな話ではない。しかし、印加電圧を下げれば、パルス波高も低下するので、電圧増幅が必要になる。問題は、増幅器つまりプリアンプで、いろいろと試作したが、増幅率をどの程度にすればいいのかが分からなかった。結局、オシロスコープを導入することで、研究は前進した。


オシロスコープで検出パルスを観測すると、冒頭に述べた不思議な現象の本質が分かった。それは、1個の放射線の入射に対して、複数のパルスが観測されたことだった。1個の入射に対して、1個もあれば、2個、3個もある。もっと多いものもある。その複数パルスが増えるのは、印加電圧を上げた時なので、1個の入射に対して1個のパルスを得るには、単に印加電圧を下げればいいことも分かった。つまり、単純にパルスを数えると、複数パルスをカウントすることになるので、1個の入射に対して、1個のカウントという本来の目的には合致しなくなる。印加電圧を下げる方法はあるが、その場合は計数率が低下してしまう。どうすれば、1個の入射に対するはずの複数パルスを1個と数えるかが問題となる。これは計数処理の問題なので、マイコンのプログラムを工夫すれば解決できると考えて、その課題に取り組んだ。


複数パルスの発生機構は分からなくても、複数パルスの出るパターンを分析すれば、解決できるのではないかと考えて、各パルスの波高と時間間隔を調べてみた。多くは最初のパルスが最大波高なので、ディスクリミネーションである程度解決できる。しかし、必ずしも最初のパルスが最大波高でないケースも少なくない。むしろ、時間間隔で最初のパルスの後にできるパルスを排除できないかと考えた。厳密ではないが、最初のパルスとその後のパルスの時間間隔はほぼ1msec以内であった。複数パルスで2個以上の場合でも、各パルスの時間間隔は同程度であった。そこで、マイコンのプログラムを工夫して、最初の入力後の1msec以内の後続パルスは継続的にカウントしないようにしてこの問題は解決した。現在の検出器にはこの機能を持たせてある。ただし、厳密に言えば1msec以内の異なる2個目の入射も排除することになるので、その場合は数え落としとなるが、そもそも教育用測定器は計数率の低い線源で実験しているので、その可能性は低いと考えている。


もう一つの問題は、高電圧電源の発振ノイズの除去という課題である。発振周波数は約40kHzで人間には聞こえないが、オシロスコープや計数回路でははっきりと観測される。波形を目で見れば違いは歴然だが、検出回路でこのノイズを排除する必要がある。放射線の検出パルスはノイズに載っているので、最低限、ディスクリミネーションで切り捨てることができる。実際、自作の計数表示装置がついた計測器ではその方法を取っている。もう一つの方法は、コンデンサーを並列接続することによって、パルス波形を積分処理することで、高電圧電源の発振ノイズが減衰する。しかし、この方法では放射線パルスの波形も影響を受けて、パルス波高が低下するので、コンデンサーの容量の最適化が必要になる。経験的には、220nF程度が適当ではないかと考えている。他方、パソコンやタブレットを計数表示器として利用する場合は音声信号としてアナログ回路で処理されているので、可聴域を超える周波数領域として排除されている。したがって、パソコンやタブレットのマイク入力を利用する場合は、高電圧電源の発振ノイズは問題とならない。


元に戻って放射線パルスの大小について


放射線教育において、もっとも悩ましい問題は、放射線とはという問いに対する答え方である。多くは、放射線とは高エネルギーの粒子または電磁波、と答える。電磁波が出てくるので、わざわざ周波数領域で、電波、可視光線、紫外線、X線、γ線と説明していく必要がある。これでは、わざわざ分かりにくくしているように思う。少なくとも高校生のレベルでは、多少乱暴でも、端的に、放射線とは高エネルギーの粒である、と教えて、電磁波の場合は、粒子性が顕著になる場合である、とすれば、イメージが掴みやすいと考えている。つまり、量子力学的な粒子性とエネルギーが放射線の本質であるが、エネルギーについてはこれまで授業などでうまく伝えることができなかった。適当なツールがないためである。「はかるくん」には、エネルギー分析装置が用意されていたが、測定に時間がかかりすぎて、せいぜい長時間の測定結果を講義で示すことしかできなかった。もし、GM管でエネルギー分析ができれば、比較的短時間でスペクトルが取れるので、授業でも使えるのではないか、と考えた。


結論を言うと、これはもの知らずの考えで、なかなか実行は難しいということだった。要するに、一般的な授業で使える放射線源は身近な放射線源なので、ほぼβ線γ線に限られる。GM管はγ線に対して感度が極めて低いので、β線だけが対象となる。そこで、β線はエネルギー分析に使えるのか、ということになる。β線は、親核種から放出される際にニュートリノを同時に放出してエネルギーを持ち出すので、β線のエネルギーは最大値からゼロに向かって山形の分布を持つことになって単一エネルギーではない。分布の最高値は、最大エネルギーの約1/3と言われているが、分布のある場合にパルス波高分布がどのように表現されるかが分からなかった。パルス波高分布と放射線のエネルギーの関係を明瞭に示せないと、授業での説明ができない。


では、α線ならどうか。これも単純ではない。確かに、α線のエネルギーは決まっているが、検出器の外に線源を置いた場合は、GM管の例でいうと、端窓でエネルギーを失うばかりか、内部が大気圧のブタン+空気なので、徐々にエネルギーを失って、現在の管長の約5cmではエネルギーがゼロになる。とすると、もはや一定のエネルギーではなく分布ができてしまう。さらに、身近なα線源はラドン220くらいしかなく、半減期が短いので計数が多くならない。


GM管の構造で比例計数領域を探した


GM管と比例計数管の違いは電子増倍率の大小にある。どれだけ多くの電子なだれを作るかの指標で、GM管と比例計数管では2桁以上も違う。したがって、GM管を制限比例領域で利用するとしても、パルス波高が約2桁低くなるので、プリアンプを入れて増幅する必要がある。プリアンプは簡単なものでもよくて自作可能だが、どれほどの増幅率が必要なのか分からなかった。また、信号のレベルが低くなると高電圧電源からのノイズが邪魔をするので、その対策が必要になる。この2点は相互に関係して一種のいたちごっことなった。


最終的には、プリアンプの増幅率は10倍とし、GM管からの入力抵抗にバーニアダイアル式精密可変抵抗を使用してアッテネーターとして利用し、両方を使うことで幅広い入力レベルに対応できた。また、高電圧電源のノイズ対策としては、高抵抗とコンデンサーを組み合わせてローパスフィルターを構成し、ノイズレベルをある程度制限することができた。それでも、ノイズレベルと目的とするパルス波高分布のピークが近く、区別が難しかった。


次の図は、市販のGM管(LND社製タイプ723)を用いて測定した結果で、初期的な装置ではあるが、得られた印加電圧とパルス波高分布のピークの関係で、ピーク位置はチャンネルで表したものである。チャンネルは、パルス波高の最大値の電圧を意味するが、最大値を1024チャンネルとして表示している。そのチャンネルを、プリアンプの増幅率で補正して表示した。

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次の図は、市販のパンケーキ型GM管(LND社製タイプ7313)でモナザイト+カオリンを線源に、改良を重ねた後の装置で測定した、印加電圧とパルス波高分布のピークチャンネルの関係を表す。

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タイプ723とタイプ7313の推奨印加電圧は、それぞれ1000Vと500Vなので、GM管領域から2桁ほど下がった比例計数領域の始まりは、それぞれ540V(推奨電圧の54%)と330V(推奨電圧の66%)あたりと考えられる。


印加電圧を下げながら、パルス波高分布の推移をみると、GM管領域では高チャンネル側に単独のピークを持つが、印加電圧の低下とともにGMモードのピークは低チャンネル側にシフトするとともに波高が低下し、低チャンネル側に比例ピークが出現するダブルピークの状態になる。さらに印加電圧を下げるとGMピークは消滅し、比例ピークが単独で現れるようになる。その様子を示したのが、次の図で、

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タイプ7313の場合、337Vでは200ch付近に比例ピークがあるほか、600chから800chにかけてGMモードのピークがかすかに残っていてダブルピークの状態にあるが、334Vでは100ch付近の比例ピークだけが単独で現れている。


性能が担保されている市販のGM管を使用して、比例計数領域を探ってみたが、結果として見つけることができた。ちなみに、これらで使用した身近な放射線源は塩化カリウムである。β線源であるが、前述のようにエネルギー分布を持つにもかかわらず、かなりシャープな比例ピークが得られることが分かった。では、このピークはどのエネルギーに対応するのだろうか。それはまだ分からない。他の放射線源と比較すれば、エネルギーの違いを定量的に見つけられるかもしれないが、身近な放射線源ではβ線源は塩化カリウムしかない。以前は、蛍光灯のグローランプには、プロメチウム147が使用されていて、これは貴重なβ線源だったが、現在は入手できない。


ついでに、おもしろい現象を紹介する。比例計数管では、計数率の大小でピークがシフトすることが知られているが、計数率の小さい方が高エネルギー側にシフトする。逆ならばいろいろな原因仮説がありうるが、この現象を説明できる仮説はないという。最初は、単純に、計数率が多いと電源電圧が降下して、パルス波高が低下するという仮説を立てたが、自作装置のようなレギュレーションの貧弱な装置ならいざしらず、本格的な装置であれば電圧の変動はほとんどないそうだ。理由は分からないが、その現象は把握できた。次の図に、塩化カリウムの量を、15gと100gとで、比例ピークのシフトを観察した結果を示す。

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なお、この現象があるので、異なる放射線源を単純に比較してエネルギー校正をするという方法は難しく、少なくとも計数率を揃えないと正しい結果はえられない。


ここまでは、いわば失敗談だが、負け惜しみで言えば、放射線源としていわゆるチェッキングソースを使えば結論が示せたのかもしれない。基本的に学校で気軽に使用できる身近な放射線源の範囲では限界があったということである。


ところが、その制約の中で、エネルギーとピークチャンネルがほぼ比例する結果を、ある放射線源で示すことができた。その話はこの次に。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)