教育用GM管開発を振り返って(15)

高校理科実験での講義の考え方


高校生ともなれば、これまでに初歩的な放射線教育は受けたことがあると思われる。実験内容の距離、遮へい、半減期、統計的変動についてはそれぞれ各論として講義をするが、総論が必要と考えた。さらに、放射線を入り口として、量子論や相対論といった物理学への関心を持たせたい、あるいは、さらに高度な世界があることを高校生には提示して、今後の成長に役立ててほしいと思い、以下のような講義メモを作成した。やや、普通の高校生には難しいかもしれないが、トップレベルの高校生には魅力的と感じる内容になっている。ありふれた項目だが、具体的なイメージが掴みやすいように工夫してある。何かの参考になれば幸いである。


GM管と放射線について」の講義メモ


放射線を粒子性とエネルギーの両面から見ることを意識している。

1.『放射線』の『見える化

  • 放射線』は、五感に感じられない(見えない、聞こえない、触れない、臭わない、味もない) ⇒存在を認識できない
  • 感覚で捉えられるようにする=可視化(見える化
  • 放射線』が見える⇒例:『霧箱
  • 放射線』が聞こえる⇒例:『GM管』

注.可視化ツールの必要性。霧箱を知っている場合に、GM管との違いを説明。

2.『GM管』で『音』が出るしくみ

  • 放射線が空気を電離→電気の引力で集電→電流を電圧に変換→電圧を音に変換

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  • 音(パルス)1回 = 放射線1個

注.単純化したモデルで音になる仕組みを説明。電子なだれには触れていない。

3.『放射線』とは?

  • 法律では

 『電磁波』または『粒子線』のうち、直接または間接に『空気を電離する能力』を持つもの

注.放射線教育の難しいのは、「放射線とは?」に単純明快な答えがないこと。批判を恐れずに言えば、「放射線は、高いエネルギーを持った『粒』」であり、『粒』は粒子性の意。

4.『eV(エレクトロン・ボルト)』とは

  • 原子や素粒子の運動エネルギーの単位
  • 定義:電気素量(=電子の電荷) eクーロン(C)の粒子が電圧1ボルト(V)の真空の2点間で加速されるときに得る運動エネルギー   1eV=1.60×10-19J
  • 粒子1個のエネルギーなので見かけは小さいが、重量あたりの運動エネルギーとしては極めて大きい
  • 例:1MeVのβ線(電子)は1.76×1017J/kg

参考:銃弾や砲弾は105~106J/kg、流星、地球、太陽などの天体でも108~1010J/kg

注.空気の電離エネルギー34eVに呼応。エネルギーへの意識と大きさの相場観が狙い。

5.1eVのエネルギーとは

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注.エネルギーの大きさの相場観で、まず、電磁波である光のスペクトルと対比。波長で表されるのが普通だが、敢えてエネルギーで示した。波長が短いほどエネルギーが高いのは、分かりにくい。

6.化学結合エネルギーの例 (出典:http://onsa.g.dgdg.jp/u47.htm

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注.光が吸収されるのは化学結合の分子間力のレベル。空気の電離エネルギー34eVより、1桁低い。

7.『放射線』の特徴(1)小さい、軽い  量子力学

  • 『小さい』:α線(ヘリウムの原子核)の直径は3.8×10-15m、β線(電子)の大きさはゼロか極めて小さく、γ線(光子)の大きさはゼロ。
  • 例:フラフープ(直径1m):α線=地球の公転直径(3.0×1011m=3.0×1014mm):ケシの実(直径0.57mm)
    • 『軽い』:α線は6.6×10-27kg、β線は9.1×10-31kg、γ線はゼロ。
  • 例:1リットル入りのペットボトル(1kg):α線β線=太陽の重さ(2.0×1030kg):大型ダンプカー(13.2トン):2リットル入りのペットボトル(2kg)

注.よい例とも言い難いが、何とか具体的なイメージを持たせたかった。量子力学というキーワードも生徒には刺激的。

8.『放射線』の特徴(2)速い  相対論的

  • 『速い』:γ線は光子なので、光速c=3.0×108m/s、5MeV(8.0×10-13J)のα線は0.09c(=27000km/s)、 1MeV(1.6×10-13J)のβ線は0.94c(=282000km/s)。
  • 例:物質の速度で最も速いのは、太陽系が銀河宇宙内を動く速度240km/s。

注.α線β線の速度を例に挙げるのは珍しいと思う。ただ、ここでは非相対論的。

9.放射線の『作用』

  • 電離作用    霧箱、GM管
    • (a)原子に作用して電子を放出する
    • (b)原子は陽イオンになる
  • 励起作用    シンチレーション式カウンタ
    • (a)原子に作用して軌道電子のエネルギーを基底状態(安定)から高める(不安定)
    • (b)基底状態に戻るときに光やX線を出す

注.放射線を説明するときに、「実体」と「作用」があるということ。放射線検出器の違いにも触れている。

10.α線β線γ線X線の違い

  • α線=ヘリウムの原子核(大きい、重い、正電荷
  • β線=(高エネルギーの)電子(小さい、軽い、負電荷
  • γ線=(高エネルギーの)電磁波で、原子核から出る
  • X線= (高エネルギーの)電磁波で、核外の軌道電子間から出る(あるいは高速電子の制動や偏向に伴う)
  • α線β線の物質との作用は、電気力(静電引力・斥力)
  • γ線X線の物質との作用は、電子に働きかける作用(弱い相互作用)で固有のもの

注.ここでも、「実体」と「作用」を説明している。

11.『自然にある放射線

注.放射線放射性物質に言及。宇宙線を含め、放射線が宇宙に普遍的な存在であることを強調したい。

12.『人工の放射線

  • 医療用のX線(レントゲン検査、CT検査、がん治療)、電子線(がん治療)、陽子線(がん治療)、重粒子線(がん治療)
  • 空港などの手荷物検査用のX線
  • 産業用のX線(検査など)、電子線(改質、滅菌など)、粒子線(半導体の製作)、光子線(ICなどの製作)
  • 研究用の電子線、粒子線(高エネルギー物理)、光子線(分析など)

注.人工の放射線は、いわば人類の知恵の産物で、意外にも暮らしの中に浸透している。


以上だが、距離の逆二乗測とか、遮へいの指数則、放射性物質半減期という性質や、放射性壊変については、それぞれの各論で解説しているので、ここでは触れていないことに、注意されたい。授業の時間制限の中で、約20分でこの講義を行ってきた。何かの参考になれば、幸いである。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)