教育用GM管開発を振り返って(2)

「教育用GM管開発を振り返って(1)」は、いわば「事始め」であったが、この後は、開発の苦労談や失敗談、狙いのポイントやふっと浮かんだアイディアなど、教育用のGM管開発を振り返る、技術的に役立つと思われる話になる。GM管の自作や放射線教育に関心のある方にはご一読いただきたい。


クリアケースGM管を学校用に


GM管の構造とパーツの仕様がほぼ固まったことから、高校理科実験の授業で実践することにした。カソードは黒画用紙、アノードは伝統的なビニール被覆線の銅の単線、ブタン濃度は10%と決めた。


高圧電源は、冷陰極放電管用の高電圧発生ユニットのジャンクで、駆動電圧6Vでは約1000Vを出力し、6段の倍電圧整流で約5000V強を得ることができた。ただし、1000V程度が得られる高電圧発ユニットもいろいろ入手可能だが、どれでも同様に使えるわけではない。GM管は、生徒がパーツを自ら組み立てることで、GM管の構成要素や動作原理についても興味を持ってもらうことを意識した。さらに、自作できるほど簡単なもので放射線が検出できることに、驚きをもってもらえたら、という狙いもあった。自作できるということで、やってみたいという気になってもらえれば、この世界が広がるのでは、という期待もあった。高校なら、授業ではできなくても、部活動とか、自由研究の課題にはなる。高専、大学レベルなら、学生実験のネタにはなるだろう。


授業では時間の制約が大きいので、できるだけ工作に要する時間は短くしたい。ということで、パーツは事前に用意した。アノードは、短いビニール被覆線をベースにして、銅の単線を二つ折りにして先端をよじって丸くまとめ、ベースにはんだ付けする。これを、クリアケースの底に画鋲を刺して、アノードのベースを画鋲に差し込めば直立できるという、よいアイディアが生まれた。組み立てた後に、アノードの先端が露出するように、短いストローを被せて先端放電を担保する。カソードは、矩形の黒画用紙の外側に、裏糊付きのアルミテープを張り付けて導線とする。この段階では、アノードの画鋲とアルミテープに別途用意したビニール被覆線をセロテープで張り付けるという、やや野蛮で、危険ともいえる方法だった。


高電圧電源は各班に1台、クリアケースGM管は生徒一人に1個と決め、高電圧電源から出る、+と-の2本のケーブルを各4本に分岐して各班に用意した。GM管製作の仕上げはブタンの注入で、シリンジを用意して定量を注入できるようにしたが、生徒にとって初めての経験なのでなかなかうまく行かず、個別指導に時間が取られた。


放射線の検出は、カソードのアルミテープと高圧電源の-側の間に、100kΩの抵抗を並列にいれたクリスタルイヤホンで放射線の検出音を聞く方式とした。100kΩの抵抗は、放射線による電離の電荷を電圧に変える役割を持っている。これも伝統的な方法で、感度が高い特徴がある。実は、高電圧電源は40kHzの発振をしているので、オシロスコープなどでは放射線パルスと重なってしまうが、40kHzは可視聴域外なので人間には聞こえない。放射線パルスの音だけが聞こえるといううまい方法だった。この段階では、放射線の計数ではなく、感覚的に存在が確認できることと、線源の違い、距離や遮へいといった基本的な特性を理解してもらうことに主眼を置いた。これならば、低学年を対象として、科学の祭典などのイベントや、各地の科学館でのイベントでも使えるのではと考えていた。なお、この授業では、ランタン・マントルから抽出したラドン半減期の演示も行っている。


科学の祭典に向けた改良


高校理科授業での実践を経験して、科学の祭典のようなイベントで利用できるように改良することを決めた。問題点は、やはり電気ショックで、高電圧が掛かっている部分の露出をどうやって避けるか、だった。そこで、考えついたのが、GM管をプラグイン方式にすることだった。高電圧電源には+と-のピンソケットを用意し、GM管側から端子を出して差し込むようにすれば、高電圧の露出が防げると考えた。結局、この段階では、GM管にもピンソケットを用意して、細い銅の棒で接続するという、やや手間のかかる方法で実行された。この方法の問題点は、GM管工作が複雑になることに加えて、GM管の製作コストが上がってしまうこと、さらに細い銅の棒が、高電圧電源側に残る場合があって、電撃の可能性があることだった。なお、放射線パルスをクリスタルイヤホンで聞くことに変わりはないが、100kΩの抵抗は高電圧電源の方に組み込んで、モノラルプラグで外部出力とし、クリスタルイヤホンだけでなく、アンプ付きスピーカーでも音が聞こえるようにした。クリスタルイヤホンは耳に入れるので、大勢の人が入れ替わり使う場合、衛生面を気にする人がいるかもしれないし、イベント会場はまわりがうるさいのでスピーカーの方がいいのでは、という意見に配慮した。


科学の祭典は、改良したGM管と高電圧電源のテストの場だったが、イベントである以上客が入らないと話しにならない。また、科学の祭典の主な入場者は、中学生や小学校高学年だが、そればかりではない。子供に科学に対する関心を持ってほしい家族連れで、小学校低学年や幼稚園児も少なくない。地味な展示なので、なかなか難しいが、放射線宇宙線と関連付けて話しを広げることにした。宇宙線放射線の一種だし、自然放射線に占める割合も少なくない。宇宙の成り立ちや元素の誕生と宇宙線は切っても切れない。放射線というと、α、β、γ、Xと狭義に捉えがちだが、宇宙線にはあらゆる原子の原子核が含まれている。広義に捉えれば、放射線は実は自然と一体のものであって、特別のものではないとも言える。


放射線と切り出すよりは、宇宙と切り出した方が、受けがいいと思った。そこで、一般的な身近な放射線源に加えて、バックグラウンドを知ってもらうために厚めの塩ビキャップをGM管に被せることで、遮へい効果を体験するのとは別に、線源のない状態であるバックグラウンドがあることと、そのわずかなカウントがそこに常時ある自然放射線を示していることを体験してもらった。実際のところ、自然放射線に対する宇宙線の割合は約4割で、決して少なくない。しかも、使用した大気圧GM管はγ線の感度が極めて低いので、バックグラウンドの大部分は宇宙線といっても間違いではない。このイベントでは、改良したGM管が幼稚園児でも扱えることが分かったのが、最大の収穫だったかもしれない。


教員と教育学部学生の体験用GM


自作することを主眼とする教員と学生に向けた講習会があった。そこで、プラグイン式ではなく、高校の授業で使用したタイプをアレンジして提供した。変えたのはアノードで、出来上がったピースではなく、銅線を二つ折りにしてよじる工作から始めてもらった。高校授業のように、アノードのベースに銅線を予めはんだ付けしておくことができないので、ビニール被覆線の被覆だけを取り出しておいて、よじった銅線をその中を通し、端部を折り返してから短いビニールチューブを被せることにした。アノードの電極となる画鋲に刺して、使用するが、高校授業とは変えて予めリード線を画鋲にはんだ付けし、カソードの電極となるアルミテープの方はミノムシクリップで止めることにした。ただ、電気ショックを防止するため、アノードとカソードのリード線は、高電圧電源のピンプラグに差し込めるように、簡単なプラグを用意した。参加者の評判はまずまずだったと聞いている。


実は、このタイプのアノードは、別の講習会でも使用してみた。高電圧電源の改良があるので、電気ショックの可能性はなくなっている。しかし、結果は必ずしも良いものではなかった。その原因は、アノードの製作過程で銅の単線を二つ折りしてよじるが、銅線を指でよじる際に酸化したり、汚れたりすることが原因と考えられた。その結果、放射線による電離後に放電が誘導されずに、検出ができなかったり、抵抗の増加で検出音が小さくなったりしたようだ。それまでは、銅の単線の方が曲げやすく工作をしやすいし、なにしろ入手は楽だし、これまでの伝統的なアノード線材なので、疑いもなく利用してきた。しかし、薄々、これまでもGM管が安定して動作しない、とくに動作できた翌日にはもはや動作しないという現象は経験していた。当時は原因不明だったが、考えてみれば、銅線が酸化したことがその原因だった可能性が高い。この一件以来、銅線は止めて、酸化しにくいステンレス鋼の細線を線材に使用することにした。細いステンレス鋼線は一般的ではないが、線径0.23mmならば探せばホームセンターなどで入手できる。現在はこの線径0.23mmを使用している。この線径は銅の単線よりは太いが、前に述べたような理由で、先端フープによって線材を細くする効果が薄れているために、印加電圧の条件が不利にはなっていない。


(※id:TJOid:apgmmanから受領したWord原稿を元に再構成、代理投稿したものです)